日吉の小学校にパラ選手が初来校、「決してあきらめない」生き方に学ぶこと

横浜日吉新聞

パラリンピック選手に学ぶ「決してあきらめない」生き方とは――今週(2022年)1月12日(水)午前、横浜市立箕輪小学校(箕輪町2)に、アーチェリー日本代表として「ロンドン2012パラリンピック」で5位入賞、昨年(2021年)夏開催の「東京2020パラリンピック」にも出場した永野美穂選手(大同生命保険株式会社、大阪市西区)が初来校。

ロンドン2012パラリンピック5位、東京2020パラリンピック出場の“パラリンピアン”アーチェリー競技の永野美穂選手が横浜市の小学校で初の「特別授業」をおこなった

ロンドン2012パラリンピック5位、東京2020パラリンピック出場の“パラリンピアン”アーチェリー競技の永野美穂選手が横浜市の小学校で初の「特別授業」をおこなった

5年生と6年生を対象として、これまでの人生の歩みや競技生活について振り返りながら、夢や目標を持ち生きることの大切さを伝える初の“特別授業”をおこないました。

今回の永野選手の初来訪は、同校と地域でのつながりがあった大同生命保険新横浜支社(新横浜3)の尽力により実現したもの。

同校の井上強校長は、「パラ・アスリートの目指すもの、苦難を“乗り越えてきた”経験や、夢をつかむためにしてきたこと子どもたちに語ってもらいたかった」と、かねてから招きたかったというパラリンピック選手の来校を喜びます。

2017(平成29)年2月から大同生命保険に入社した永野選手は、愛媛県今治(いまばり)市出身。

幼少時からスポーツが大好き外遊びをしながら元気に育ったという永野選手ですが、20歳ごろに原因不明の病気で寝たきりの状態に。

その後、3年間もの懸命なリハビリにより、歩けるまでに回復したものの、左腕が動くことはなかったといいます。

人生を変えた「アーチェリー」との出会いは“偶然”に

永野選手がアーチェリーと出会ったのは26歳のとき。地元・今治市にあるスポーツ施設で「アーチェリーをやってみませんか」と声をかけられたことがきっかけだったといいます。

実際に「東京2020」で使用した弓と矢も持参し披露

実際に「東京2020」で使用した弓と矢も持参し披露

“静かに的を撃つ姿”に魅了された」と、永野選手がアーチェリーを始めた理由の一つを、大同生命制作の「スペシャルムービー」動画でまずは紹介。

アーチェリーは手で撃つという“固定観念”があったので、自分には難しいと思ったといいますが、片腕しか動かない、右腕一本で打つ方法はないものか、試行錯誤を繰り返し、たどりついたのが「口で弦を引く」方法

奥歯にかかる重さは20キロ以上50メートル先の矢を射るために、永野選手は何度も口の中を切ってしまったといいますが、それでも、「もっともっとうまくなりたい」と、早朝、夜明け、日没に至るまで、的が見えるか見えないか、車のライトを照らして練習したこともあったともいいます。

「口で矢を打つ」練習に明け暮れた日々を大同生命制作の「スペシャルムービー」動画で紹介した

「口で矢を打つ」練習に明け暮れた日々を大同生命制作の「スペシャルムービー」動画で紹介した

その甲斐あってか、「ロンドン2012パラリンピック」アーチェリー女子個人で5位入賞、2018年開催のヨーロッパカップでは、宮本リオン選手との男女混合戦で優勝をおさめるなど、世界レベルのプレーヤーとして活躍することに。

昨年(2021年)8月29日におこなわれた「東京2020パラリンピック」では、個人戦では17位混合戦も9位となった永野選手ですが、「コロナ禍で大会が開催されたことに感謝したい」との想いも披露していました。

現在は、早くも約2年7カ月後に迫る「パリ2024パラリンピック」出場、そしてパラリンピックでの勝利に向けての活動を日々おこなっているといいます。

小学校で初の“特別授業”、自ら考えた「3つ」のテーマを語る

箕輪小学校での“特別授業”のために、「お正月には、何を話そうかと考えていました」と明かす永野選手。

左腕が動かなくなってしまったことや、練習で何度も口の中を切ってしまったというエピソードを披露しながらも「好きなことなら続けられるよね」と子どもたちを励ましていた

左腕が動かなくなってしまったことや、練習で何度も口の中を切ってしまったというエピソードを披露しながらも「好きなことなら続けられるよね」と子どもたちを励ましていた

試合で、横浜市には「富岡総合公園アーチェリー場」(金沢区富岡東)などに競技のために来訪することはあるものの、神奈川県内、横浜市内の小学校では初めて講演スタイルでの想いを披露することになったとのこと。

「左腕が動かない」という人生最大のピンチに遭遇してしまった永野選手ですが、「東京2020」でも使用したという「コンパウンドボウ」(アーチェリー用の弓)をこの日持参。

「人との出会い」を大切にし、決して「あきらめない」気持ちを持つことの大切さを熱く語っていた

「人との出会い」を大切にし、決して「あきらめない」気持ちを持つことの大切さを熱く語っていた

まずは自身が取り組む「アーチェリーについて」、その取り組む方法や、時には「厳しい自然」の中で行なうスポーツであることなどを説明した永野選手。

「将来に向けて大切なこと」、そして「夢や目標はあるか」というテーマを掲げ、これまでに経験してきたこと、その中で自身が乗り越えてきた人生のチャレンジの中で大切だと思うことについて、児童らに自ら考えた言葉で語り掛けていました。

人との出会い大切にし「決してあきらめない」

「(地元のスポーツ施設で)もし、誘われなければ、アーチェリーはしていなかったかも」と語る永野選手。

弓を構えてのポーズも。この日の司会進行は教務主任の大塚美穂教諭(右)が担当した

弓を構えてのポーズも。この日の司会進行は教務主任の大塚美穂教諭(右)が担当した

「できないこと」よりも、「やれること」を探し、考え、おこなってきたという競技人生。

アーチェリーに取り組む中「大変なこと」として、「結果が出るとき、出ないときがある」ことや、雪、雨、暑さ、寒さといった自然の中で競技をおこなうことについて説明。

「良かったこと」として、結果が出たとき仲間がいること、多くの人に支えられ、ともに楽しみ、喜び、そして悲しむこともあることで、「決してあきらめない」強い気持ちを持てるようになったことなども挙げていました。

箕輪小周辺の企業や地域まちづくりの「仲間たち」も駆け付け特別授業を見守っていた

箕輪小周辺の企業や地域まちづくりの「仲間たち」も駆け付け特別授業を見守っていた

“将来に向けて大切なこと”としては、「人との出会い」、また「チャレンジ」すること、「発見」することにプラスして「目の前のチャンスをつかむ気づき」の大切さ、そのチャンスをつかむためにも様々なことに興味を持って生活するといったことについても熱く語っていました。

講演後の質問タイムでは、児童からの手があがり続ける状況が続き、永野選手の生き方、そして考え方に一人ひとりが共鳴しているかの姿が見られていました。

児童からの質問の挙手も時間切れになるほどに盛況だった

児童からの質問の挙手も時間切れになるほどに盛況だった

最後には持参した、競技上では“50メートル”も先にある「的」の紙に、学校への「置き土産」としてのサインをおこない、この日の“特別授業”を終了した永野選手。

人生の困難にぶつかっても、「決してあきらめず」「人との出会い」をこそ大切にしてほしいと語る永野選手の姿は、これから先の人生の中で、数多くの試練や荒波にたちむかうであろう子どもたちにとっても、大きな勇気と希望を与えてくれる“特別な存在”として、これからもずっと一人ひとりの心の中に輝き続けていくことになりそうです。

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【参考リンク】

障がい者スポーツ応援サイト:アスリート紹介~永野美穂(大同生命)※経歴、インタビューや、この日上映された「スペシャルムービー」紹介動画も

永野美穂選手(アーチェリー)~ターゲットは世界! 口で矢を射るパラアスリート(日本財団パラサポWEB)

校長室より~パラアスリートの学校訪問(横浜市立箕輪小学校)

パラリンピック~競技ガイド:アーチェリー(NHKスポーツ)


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