箕輪小の校歌「青い鳥」が誕生、卒業生・教職員と地元ゆかりの歌手が“夢”を大空に | 横浜日吉新聞

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大空に羽ばたく「青い鳥」の夢を、日吉・綱島エリアから歌い続けます。

待ちに待った箕輪小学校の校歌が完成。地名は最後の「みのわ」のみとなったが、「ここがポイント。最後の印象深さを演出するアクセントとなっています」と安藤教諭は笑顔で語る

待ちに待った箕輪小学校の校歌が完成。地名は最後の「みのわ」のみとなったが、「ここがポイント。最後の印象深さを演出するアクセントとなっています」と安藤教諭は笑顔で語る

昨年(2020年)4月に開校した横浜市立箕輪小学校(箕輪町2)は、開校以前からの悲願だった同小学校の校歌「青い鳥」の完成を、先週(2021年)3月11日(木)に発表、全校児童に披露しました。

港北区内では1983(昭和58)年4月に開校した小机小学校(小机町)以来37年ぶりの新設校となった箕輪小学校ですが、「校歌については、児童が入学して後に制定したいと思っていましたが、コロナ禍もあり、卒業式に本当に間に合うのかという心配がありました」と、井上強校長

全校児童には「朝会」でのライブ中継で披露。「1年生の部屋では大きな歓声があがり、嬉しかった」と安藤教諭。卒業式ではコロナ禍のため音源を流す予定とのこと

全校児童には「朝会」でのライブ中継で披露。「1年生の部屋では大きな歓声があがり、嬉しかった」と安藤教諭。卒業式ではコロナ禍のため音源を流す予定とのこと

特に、最上級生となる6年生には、「校歌を歌わせてあげたいという思いがありました」と、卒業式を前に、全校の児童に向けて新しく誕生したばかりの校歌を、無事に披露できたことを喜びます。

開校以降、校歌を作れる力量のある人を地域周辺で探していたところ、横浜市出身のシンガーソングライター・オオゼキタクさんとつながったといいます。

2009(平成21)年に鶴見区小野町に開校した市立横浜サイエンスフロンティア高校(2017年からは附属中学校も併設)の校歌「知の開拓者」を作詞・作曲したことでも知られるオオゼキさんは、昨年からプロ野球独立リーグに参加しリーグ優勝も果たした神奈川県のプロ野球チーム「神奈川フューチャードリームス」の球団公式テーマソングも手掛ける、まさに“地元”横浜、そして神奈川ゆかりのアーティスト。

「人と人とのコミュニケーションを大切にしてもらいたいという想いを込めました」と大関さん。下校時に低学年児童が自作の歌詞カードを手に校歌を口ずさんでいた

「人と人とのコミュニケーションを大切にしてもらいたいという想いを込めました」と大関さん。下校時に低学年児童が自作の歌詞カードを手に校歌を口ずさんでいた

「20代の頃、実は3年間ほど日吉に住んだことがあり、当時も歌を作っていました。日吉や綱島の街は、東急線の車窓から眺めるイメージも大きいのですが、特に“新しい”というわけではない、昔からある街の中に、大きな再開発が進んでいることがサプライズにも感じられました」と、東急新横浜線の開業も2年後に控え、ここ数年で新たに変わりゆく日吉・綱島の風景に目を見張ったといいます。

オオゼキさんは、昨年11月に箕輪小学校に初来訪

初対面となったオオゼキさんについて、音楽科の安藤圭教諭は、「穏やかで、優しい印象を抱きました。声も柔らかく、お会いする以前にサイエンスフロンティア高校の校歌を初めて聞いたときに、“(この歌を作り、歌う)この方にお願いしたい”と、教職員みんなで声を上げてしまいました」と、その出会いを喜び、オオゼキさんらしい躍動感のある歌の世界を称(たた)えます。

前任地の日吉台小学校(日吉本町1)時代から卒業生を6年間見守ってきた大塚教務主任(右)も、待望の校歌の完成を喜んでいた

前任地の日吉台小学校(日吉本町1)時代から卒業生を6年間見守ってきた大塚教務主任(右)も、待望の校歌の完成を喜んでいた

歌詞に使用したい言葉を、卒業を控える6年生児童に、12月初旬に募集。「メロディーから制作に入りました」というオオゼキさんに届け、「4種類にも上るデモ提案、そして歌詞フレーズの採用に関するやりとりを重ね、“念願の校歌”が完成しました」と安藤教諭。

児童からの歌詞を集めた大塚美穂教務主任も、「校歌を作り上げるという作業は、一生にあるかないかという出来事。子どもたちにとっても、教職員にとっても、素晴らしい経験になったのでは」と、子どもたちの想いを汲み取り、“一緒に校歌を作り上げる”という手法で制作に臨んでくれたというオオゼキさんへの感謝の言葉も並べます。

オオゼキタクさん(写真・リンクは公式サイト)は横浜市出身。鉄道の旅ジャンルでも活躍。箕輪小学校のエピソードでは、校舎の中庭「光庭」(こうてい)で縄跳びを行うというエピソードが印象深く、2番の歌詞にも採用したという

オオゼキタクさん(写真・リンクは公式サイト)は横浜市出身。鉄道の旅ジャンルでも活躍。箕輪小学校のエピソードでは、校舎の中庭「光庭」(こうてい)で縄跳びを行うというエピソードが印象深く、2番の歌詞にも採用したという

新型コロナウイルス感染症の影響、また緊急事態宣言中ということもあり「子どもたちが大きな声で歌う、ということはできませんが、卒業式では、完成した校歌を音源で流す予定です」と安藤教諭。

日吉や綱島にゆかりがある、「生まれ育った横浜の街に何か恩返しができないか」と校歌づくりにあたったというオオゼキさん、箕輪小学校の教職員、そして新しい学校に通い、卒業を待つ児童らの想い。

校章にものびやかに描かれた「青い鳥」の世界を体現すべく、児童、教職員、そして地域に生きる人々が、そのフレーズを日々口ずさみ、心の故郷の風景の中でいつまでも歌い継いでいくことが期待できそうです。

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【参考リンク】

【みのわ日記】3月12日 週末ふりかえり(横浜市立箕輪小学校)※「箕輪小学校校歌」のお披露目について

シリーズ「わがまち港北」~第139回 校歌の効果はいつまでも(公益財団法人大倉精神文化研究所)※書籍『わがまち港北』2巻P72~75にも掲載、小学校の校歌が作られた時期は、港北区内でも学校により異なる


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