下田町の黒須さんが産む「新たな価値」、農業体験や子どもたちの居場所づくりも | 横浜日吉新聞

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法人サポーター会員による提供記事です】下田町にある空き家を活用した異世代交流スペース「えんがわの家よってこしもだ」(下田町6)を設立したメンバーに、一人の「男性」の姿があるのをご存知でしょうか。

“空き家”を活用し、下田町6丁目に2013年9月にオープンした異世代交流スペース「えんがわの家よってこしもだ」。多世代が集まる場として運営されている

“空き家”を活用し、下田町6丁目に2013年9月にオープンした異世代交流スペース「えんがわの家よってこしもだ」。多世代が集まる場として運営されている

現在、下田町に在住している黒須悟士(さとし)さんは、株式会社Cross Dimension(クロス・ディメンション、千葉市)の代表取締役社長として、次世代を作り出すためのプロジェクトに奔走するほか、高田町での農業体験をはじめ、「よってこしもだ」や下田学童保育所(下田町4)の運営にも参画しています。

2005年に一旦勤務先を退職した時に、「日吉や下田の街で、例えば買い物などに出向いても、平日の日中、女性や高齢の方ばかりいて、働き盛りの男性が街に全くといっていいほどいないことに、大変驚きました」と話します。

世界に出張も行う「ビジネスマン」としての経験を経て、シンクタンクで「未来を見据(す)えた物やサービスのあり様」を世間に落とし込もうと奮闘する日々だという黒須さん。さらには自身の子育てや、“新たな価値の創造”の一環としても取り組んでいる農業と親しむ姿からは、人と人との出会い、語らい、そしてそれぞれの生き方を結ぶことで、「より人生を豊かにする秘訣」を体得しているかのようにも映ります。

「下田や高田、日吉周辺での試みは、まさに実践の場」と語る黒須さんの生き方をはじめ、日々「次世代」に想い馳せ、これからの“不透明”な日本社会に対し感じていること、新しい“投げかけ”を行うことへの意味、意義についても話を聞きました。

千葉から「自分のことを知っている人がいない」高校、大学は京都へ

黒須さんは、東京都江戸川区生まれ。自転車で、育った一之江地区を「自転車で走り回るような、やんちゃで活発な子どもでした」と、印刷機械の開発・製造を行う会社を経営していた父の姿を見ながら成長したという当時を振り返ります。

「よってこしもだ」のスタッフと黒須さん(最左)。この日も和気あいあいとした雰囲気。地域により親しまれる場所になるようにと運営を支えてきた

「よってこしもだ」のスタッフと黒須さん(最左)。この日も和気あいあいとした雰囲気。地域により親しまれる場所になるようにと運営を支えてきた

小学校2年生からもう一つのふるさと・千葉市に引っ越したという黒須さん。小・中学校ではサッカーやバスケットにも親しんだものの、「中学校の時は、“何で生きているんだろう”と感じたりもしました。誰もそんな答えを教えてくれませんよね。自分のことを誰も知らない場所に行ってみたくなって」と、高校時代は東京都内の伝統校・私立成城高校(新宿区)へ通学します。

しかし、現実には学校まで片道2時間もかかる距離。「通学だけで精いっぱいでした」といいながらも、自由な校風、また男子校という初めての環境も「面白く、普通に楽しく過ごせたと思います」と、懐かしい青春時代を想い起こします。

大学時代は関西へ。当時流行だったという「国際」というキーワードの学問を学ぶため、立命館大学国際関係学部(京都市)へ進学。当時は、金閣寺にほど近い「西園寺記念館」(衣笠セミナーハウス)に「毎日金閣寺を見ながら通学していました」と、歴史遺産が佇(たたず)む街で、新たな学生生活をスタートした当時を振り返ります。

弓道で悟った“ダメなことがある”という現実、大学院で“初めて”勉強

日本文化に強い関心を抱いていた黒須さんは、かねてから憧れていたという「弓道部」に入部します。

黒須さんが学んだ立命館大学国際関係学部は2018年でちょうど設立30周年を迎える(同学部のサイトより)

黒須さんが学んだ立命館大学国際関係学部は2018年でちょうど設立30周年を迎える(同学部のサイトより)

袴(はかま)をはいて、静寂、そして凛(りん)とした空気の中で弓をとる姿がかっこいいと感じたんです」と、弓道の魅力を語る黒須さん。

「弓道しかしていなかった」というほどに、学校からも離れていたという弓道場にばかり通っていたという学生時代について笑顔で語ります。

弓道の実力については「どう頑張っても、うまくいかないことがあると分かりました」と、4年間夢中になったという弓道でも、その出来ない理由が「やり方」だったのか「才能」だったのか、“分からないことが分かった”ということが、その後の人生に大きな影響を与えることになったというのです。

特に、当時はバブル経済が破たんした数年後。「自営業をしていた父が、よく“好景気は、一部の人のもの。お金も、一部の人にしか回っていない”と語っていた理由が、よく分かりました」と、つい世の中を冷ややかに、また達観(たっかん)して見るようにもなったといいます。

大学時代の反動からか、「勉強したいと思って」黒須さんは立命館大学大学院国際関係研究科に進学。環境経済学を専攻します。「生まれて初めて、論文をしっかりと読んだ気がします。“研究のため”と偉そうにも机に向かっていました」と、大学院で学ぶ面白さ、そして“頭を働かせ、世の中に想い馳せ”論文を書く訓練も行うことができたと当時を振り返ります。

「よってこしもだ」との出会いも、ジェトロ時代の仲間からの声かけがきっかけだったという。庭には梅が優しくほころび始めていた(2018年2月16日)

「よってこしもだ」との出会いも、ジェトロ時代の仲間からの声かけがきっかけだったという。庭には梅が優しくほころび始めていた(2018年2月16日)

また、この大学院時代に「インターンシップ」(職業体験)を経験する幸運に恵まれます。

当時は、「インターンシップ」という言葉を“ほとんど耳にすることがなかった”時代。同大学院の中でも同研究科だけが、当時「海外インターンシップ制度」を設けており、協定を結んでいたという独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ・本部:東京都港区、当時は日本貿易振興会)のアトランタ・センター(アメリカ)で7か月間にわたり働くことができたというのです。

この時の経験も自身の人生を後押ししたのか、黒須さんは1999年にジェトロに就職。当時、大学・大学院と指導を仰いだ唐澤敬(けい)教授(のちに名誉教授)との縁は現在も続いていて、「当時、本当にお世話になりました。今でも共同研究をさせていただくこともあります」と、自身学べる環境へを引き上げてくれた恩師との出会いに心から感謝しているといいます。

ジェトロで国際的に活躍も「自営業」だった父の影響で独立へ

ジェトロで社会人としての船出を切った黒須さんは、外国の会社が日本進出、また日本の会社を海外進出するための支援を行ったほか、当時国際的な問題となりつつあった「知的財産」を守るための知的財産部の立ち上げにかかわります。

「偽物(にせもの)から、どうやって本物を守るか、といった知的財産保護についても専門性を磨くことができました」と、中国、韓国、香港、そしてタイ、シンガポール、インドといったアジアのみならず、ロシア、チェコなどへの海外出張も精力的にこなします。

「社会問題の解決と新たな価値の創造」を提供するために黒須さんが設立した株式会社Cross Dimension(クロス・ディメンション)のサイト。黒須さんは、横浜市内の認定こども園の顧問も務めるなど、多方面で活躍している

「社会問題の解決と新たな価値の創造」を提供するために黒須さんが設立した株式会社Cross Dimension(クロス・ディメンション)のサイト。黒須さんは、横浜市内の認定こども園の顧問も務めるなど、多方面で活躍している

しかし、幼き頃から会社経営を行っていた“父の背中”を常に感じていたのか、2005年にジェトロを退職。

同年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS=日吉4)に進学・MBA(経営学修士)を取得するかたわら、香港に本拠地を置く外資系リスクマネジメント会社の日本支社代表として勤務し、ビジネスマンとしてのスキル、そして「ビジネスリーダー」としての経営能力を磨きます。

自分で会社を経営したかった。働くということは、そういうものという父の影響があったんです」と、2010年にはふるさと・千葉を登記地として株式会社クロス・ディメンションを創業。

現在では、活動拠点を下田や日吉、港北区周辺に置きながら、2012年からは公益財団法人国際高等研究所(京都・木津川市)でのプロジェクト業務に参画、「これからの社会に必要なコンセプト」を考え、企業理念を通して社会に「実装」、すなわち「物やサービスに落とし込んでいく」作業を行っているといいます。

30年後の社会視野に「誰もが幸福に生きる持続可能な社会」を創造

黒須さんが創業したクロス・ディメンションの社名に掲げた「ディメンション(Dimension)」とは、英語で「側面」の意味。

京都・けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市)にある公益財団法人国際高等研究所のサイト。学生時代からゆかりのある京都の街で、黒須さんは次世代を見据えた研究事業やプロジェクトに参画している

京都・けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市)にある公益財団法人国際高等研究所のサイト。学生時代からゆかりのある京都の街で、黒須さんは次世代を見据えた研究事業やプロジェクトに参画している

「人は皆、様々な側面(Dimension)を持っています。事業活動を通して、皆さんが持っている“様々な顔”を引き出し、皆さん自身の中にある“異なる顔同士”を引き合わせます。また、自分の持つ顔と他者の持つ顔を交差させます。皆さんが組織人として、また個人として、豊かな社会や人生を実現するお手伝いをさせていただければ」と、黒須さんは「新たな価値の創造と問題解決」をミッションとする同社の経営理念を掲げています。

国際高等研究所でのプロジェクトでも、「持続可能社会の実現」という大きな目標の下、「人類の未来と幸福のために、何を研究すべきかを研究」することを基本理念に、これから地球社会が直面する困難にどのように対処するのか、そして21世紀にあるべき文化・科学・技術はどのような姿なのか、これらの諸課題に対する根源的な研究を行っている(同研究所のサイトより)といいます。

黒須さんが現代社会の問題として痛切に感じていることを挙げるとすれば、まずは、西欧近代化以降の物質主義、量的成長志向、科学技術偏重、企業主義という人類の1つの繁栄の形の限界。2つ目は、私たちの先祖が貧しかった時代に、先たちが一生懸命に考え生きた結果として辿(たど)り着いた要素還元主義、科学技術志向

昨年(2017年)10月22日に行われた鞍馬の火祭り(京都・鞍馬寺)にも参加。来年度(2018年度)には、京都市と滋賀県大津市にまたがる天台宗総本山の比叡山延暦寺とのコラボレーションも実現させる予定だという(黒須悟士さん提供)

昨年(2017年)10月22日に行われた鞍馬の火祭り(京都・鞍馬寺)にも参加。来年度(2018年度)には、京都市と滋賀県大津市にまたがる天台宗総本山の比叡山延暦寺とのコラボレーションも実現させる予定だという(黒須悟士さん提供)

これにより、私たちは物質的には豊かになり、様々な恩恵を被(こうむ)っているものの、一方で、世界は未だに貧困や紛争に面し、私たちは隣の人が何をしているかすら分からなってしまっているという現状とのこと。

これらを解決・克服するための「実践の場」として、黒須さんは、「今日のグローバル社会では“宗教の教養”を抜きに外交もビジネスも展開することは極めて困難」とし、世界各国の人々と交流・交際をためにもと、戦後の日本社会ではタブー視されてきた「宗教」にスポットを当て、京都の寺院にて、主にビジネスパーソン向けの宗教「教養」講座を開講しています。

「特定の教義や信仰をお伝えするものではなく、あくまで知的教養と体験のための教養講座なんですよ」と、東京はじめ日本全国から京都にやってくる人々を招き、平安時代から1200年以上の歴史を持つ鞍馬(くらま)寺での日本の伝統思想(宗教)講座や、座禅メディテーション(瞑想)といった活動も実践。

「モノや経済成長に拠らない」社会の豊かさや、これからの社会に求められる人としての日々の実践について研究し、多く人々との交流や共有も試みています。

よってこしもだや学童運営にも参画、農業体験で“新価値観”も提示

黒須さんが現在の居住地・横浜・下田町にやってきたのは結婚したことがきっかけ。「子どもが生まれるタイミングで仕事を辞める人なんて、聞いたことがないと妻にも呆(あき)れられました」と、自ら会社経営をすることへの家族の驚きについても言及します。

「次の時代を切り拓く」ことをビジネスとして行っている黒須さん。実践の場として、また地域の居場所として、高田町の藤田農園で“持続可能な”農業体験など、数々の取り組みを行っている(藤田農園パクチー同好会のFacebookページより)

「次の時代を切り拓く」ことをビジネスとして行っている黒須さん。実践の場として、また地域の居場所として、高田町の藤田農園で“持続可能な”農業体験など、数々の取り組みを行っている(藤田農園パクチー同好会のFacebookページより)

それだけ、男性が「サラリーマンとして一つの会社に長く勤め、生涯働く」ことが当たり前だった、これまでの時代。

ジェトロ時代の仲間からの誘いも縁となり、下田町に2013年9月にオープンした異世代交流スペース「よってこしもだ」の運営にも参画。高田町の藤田農園で行っている農業体験も、「同じジェトロ時代の仲間から教えてもらい、これは、と運営を行うことにしたんです」と、自らが思い描いてきた「循環型社会」としての価値観に合致するもの、まさに“次世代に必要なもの”としての確信を抱き、現在も事業として取り組むまでになっているといいます。

しかし、まさにボランティアで協力している下田学童保育所の運営や、よってこしもだ、藤田農園での体験活動などは、利益追求で行うものではなく、「社会的な実証」を目的とし、社会全体に対する「使命」として行っているとも感じているといいます。

女性のほうが、目的意識がはっきりしている。漫然と会社勤めをしている男性よりは、一緒に働きやすいんです」と、特にほとんど女性が運営している「よってこしもだ」の活動においても、女性の力を感じ、地域のために力を注いでくれる姿に対し感謝の念を強く抱いているとのこと。

よってこしもだでの野菜販売も人気。藤田農園で作った野菜を近隣の高齢者も買い求めにやってくる

よってこしもだでの野菜販売も人気。藤田農園で作った野菜を近隣の高齢者も買い求めにやってくる

「男性がもっと地域社会に入ってくれれば」とも感じているといい、自身が「イクメン」と言われることについては「もっと男性が、地域や育児に本格的に参加していくことで、“イクメン”という、“ちょっと手伝っている”という概念や雰囲気がなくなれば」と黒須さん。

とりわけ保育園の必要性が叫ばれる昨今であっても、結局は男性が仕事、女性が育児、という現状がなかなか変わらない日本社会。そんな中、自ら会社を“退職”し、新価値観を提供する会社を起業し、さらには産学官、大小企業とのコラボレーションを国際レベルでも展開する黒須さんの「新しい生き方」。

黒須さんが提示する「新価値観の創造」は、経済発展に身を任せ、ひたすら唯物的な価値観に拠ってきた現代の日本社会に一石を投じ、また、“人がより幸せに、豊かに生きるためには”という問いかけで、日々を漫然と感じ生きる人々にも、大きな刺激となってくるに違いありません。

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【参考リンク】

株式会社クロス・ディメンション~Cross Dimensionのサイト

クロスディメンションTwitter

発起人プロフィール(えんがわの家よってこしもだのサイト)

法人サポーター会員:株式会社クロス・ディメンション~Cross Dimension提供)


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