<8月8日告示>“カオス状態”横浜市長選、「IR」巡って分かりづらさ加速 | 横浜日吉新聞

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【コラム】今月(2021年)8月8日(日)の告示日が迫ってきた横浜市長選挙(8月22日投開票)。人口377.9万人という巨大基礎自治体のトップを選ぶ機会にこれまでにない注目が集まっています。政治分野の取材経験も持つ港北区在住のライター・田山勇一氏が候補者や注目ポイントを紹介します。

混沌状態は「IR」誘致から始まった

ライター」という職業は、依頼があれば何でも応えなければならず、おまけに数年前から準備していた“世界的スポーツ大会”がこのような状況となってしまい、代わりに「横浜市長選を書け」との依頼が舞い込んできた。過去の経験を生かし、少しでもお役に立てればと思う。

横浜市には一国並みの377.9万人の人が住んでいる

人口377.9万人という、およそ基礎自治体とは思えない巨大な街である横浜市のトップを選ぶ選挙だが、これまで投票率や注目度は高くはなく、「無所属候補」という名の裏で国政政党や有力政治家が支えた候補者が当選し、真っ二つに割れるような争点も少なく、なんとなく市政を上手く運営している、というのが実感ではないだろうか。

過去を見ると、主要政党の相乗りで4期目を目指した高秀(たかひで)秀信市長に、若手の中田宏衆院議員(当時)が無所属で挑み僅差で勝った2002(平成14)年や、その中田市長が突如辞任し、自民党系が支える中西健治氏(当時は外資系証券会社役員、現自民党所属の財務副大臣・参院議員)と、民主党(当時)が担ぎだした林文子氏(当時は企業経営者)が戦った2009(平成21)年など、それなりに盛り上がった選挙もあった(社会党の飛鳥田一雄市長が誕生した1963年選挙もあったのだろうが、古すぎるので省略)。

かつての横浜市役所

ただ、そうした選挙でも「多選の相乗り現職に挑む有力新人」とか「実質的に国政の与野党対決」などといった分かりやすい構図が見え隠れしていたが、今回は分かりづらい。一言で述べるなら「IRカオス(混沌)選挙」とでも名付けられるだろうか。すべての原点は、林市長(と裏にいるIR関係者)がカジノを含んだ「IR(統合型リゾート)」を山下ふ頭へ誘致しようとしたことに始まったといえる。

国家的な動きとしてIR誘致にからんできた“裏の関係者”が誰なのかは想像するしかないが、税収の減少が確実視されるなかで、横浜市の運営資金を補てんできる絶好の政策としてIRに注目したこと自体は、元経営者でもある市長として理にかなっているのではないか。

みなとみらいは多くの企業で賑わっているようには見えるが、横浜市内の大手企業数は多くない

みなとみらいなど市内へ企業を誘致するため懸命に“営業”しても、まだまだ将来の備えが足りない、何か良い案はないか?と悩んでいた時に「なんと年間820億円から1200億円も儲かるすごいチャンスがあるんですよ」などど、それなりの立場にいる人にささやかれたとしたら、「その案に乗りましょう!」となってしまうのも仕方がないのかもしれない。

とはいえ、市民からすれば「ギャンブル」という不透明感が付きまとう施設(しかもどこかの外資が運営)によって、将来の税収を補てんするという考え方に共感は広がらず、IR誘致に絡んで国会議員に逮捕者が出たうえ、極めつけは新型コロナウイルスで明日が見えない自粛生活に突入。「こんな時に何がカジノ・IRだ!」と怒り心頭になるのも当然なこと。(市民や経済界のなかには、「こんな時だからこそ将来への備えが必要」とIRに賛成の声もあるだろう)

しかも現市長は、前回の選挙時に「IR」については賛否を示さずに当選し、市民による住民投票の要求も市議会の多数派とともに拒否。「もう、次の市長選で決着をつけるしかない」となった結果、IRの反対を訴える立候補表明者が続出し、“カオス状態”となっているわけだ。

「IR賛成」は現職市長と元衆院議員

現在、立候補を表明している9人のなかで、分かりやすいのは「IR推進(賛成)」を掲げている2人で、このなかには現職市長も含まれる。

横浜市会の議事堂

現職市長は、前回選挙で推薦を受けた自民党や公明党から支援を受けられないなかでも出馬を決意。今回は自主投票を決めた自民党市議のうち、現時点で元議長(中区)や前議長(青葉区)、「建築・都市整備・道路委員会」の委員長(磯子区)、同副委員長(南区)が自らの公式サイトやSNSを通じ、または市内政治家が“政治活動報告”の出稿先として活用する無料情報紙「タウンニュース」(青葉区荏田西、株式会社タウンニュース社=東証ジャスダック上場=発行)の意見広告でIRへの賛意や現職市長との連携を表明している。

一方、青葉区で育つなど同地と関係の深い元衆院議員(元副大臣、横浜市議も経験)も、経済政策の一つとしてIR推進の考えを示しており、この2氏はIR推進を掲げて市民の“審判”を受ける分かりやすさがある。

「IR否定」に至る経緯に分かりづらさ

他の7人は全員がIRに否定的な立場で、立候補表明者のなかには、前閣僚や元知事といった大物も参戦の意向だ。

菅氏の選挙区内に位置する、ある区役所の受付には菅氏と立候補表明者の写真を掲載した「タウンニュース」の「意見広告」が見える形で置かれていた(7月30日)

分かりづらいのは、菅義偉(すがよしひで)内閣の一員で、神奈川3区(鶴見区・神奈川区)選出の自民党国会議員を辞職して無所属で選挙に挑む前衆院議員と、IRには推進の姿勢を取る「日本維新の会」公認で神奈川県選挙区から当選した現参院議員(8月3日時点)の2氏がIRに否定的な立場で立候補を表明していることだ。

自民党所属だった前衆院議員は、公式サイトのトップページに「IR取りやめ」と掲げながらも、多くの自民党市議らが同氏に同調する動きを見せている。2カ月ほど前まで横浜市会でIR推進の先頭に立ってきた自民党会派に所属していながら、IRに否定的な候補を応援するという行動は市民に分かりづらいのではないか。

現在、山下ふ頭には実物大の「ガンダム」が置かれている

筆者なりの勝手な解釈だが、多くの市議らは「IRは上から押し付けられたから進めたけど、ほかにも重要な市政課題があるし、なにより前衆院議員は応援するにふさわしい人」ということなのかもしれない。横浜市の大半を占める郊外部選出の議員にとって、中心部に誘致するIRは地域の課題解決ニーズとはリンクしていない可能性がある。

国との関係も分かりづらい。7月29日(木)付けの「タウンニュース」には、自民党の総裁この国のトップである菅首相(元横浜市議)が神奈川2区(西区・南区・港南区)の衆院議員として、この前衆院議員を「全面的に支援します」などと書かれた「意見広告」が掲載されている。

この意見広告は前衆院議員の事務所側が企画・制作したものとクレジットされており、菅氏の肩書総理大臣とか首相といった役職が一度も出てこない。IRを推進してきた内閣(前内閣も含め)の一員としてではなく、同じ横浜市内選出のいち国会議員として支援する、ということなのだろうか。

山下ふ頭の出入口付近

一方、参院議員(元神奈川県知事)も公式サイトのトップページに「カジノはNO!」「横浜再生はカジノではなく英語パークで」などと掲げているが、現在、参院議員として所属する「日本維新の会」はIRに賛成の立場だったのではないか。今後は無所属となるのだろうが、2019年7月の参院選挙では同党の公認候補として神奈川県民から選ばれている経緯がある。

政治家として一定の実績と経験を持ち、有力候補になるはずの両立候補表明者だけに、IRを否定することに至った経緯については、詳しい説明がほしいところだ。

知事経験を持つ「大物」2氏の共通点

一方、立憲民主党が主導して擁立した前横浜市立大教授は、同党所属の市議や県議、国会議員らが全面的に支援しており、市政のあり方を訴える“政治活動”(投票を呼びかける「選挙活動」は告示後のみ可能)などで知名度向上に向けた動きは活発で、有力候補の一人といえる。同党は横浜市会でIR反対の姿勢を明確に打ち出してきた経緯があり、市民にも分かりやすいだろう。

五輪の施設として暫定利用されているかつての横浜市役所。横浜市長選の告示日は五輪閉会式の日と重なっている

ただ、立憲民主党への所属実績もあるベテラン横浜市議や、今回の市長選に限らず立憲民主党が擁立を模索していたとして幾度か名前が報じられたこともある弁護士もIR反対を掲げて立候補を表明している。

同じ方向を向く3氏が乱立するというあたり、同党の源流であり、かつて内紛と分裂を繰り返した末に消滅した「民主党」を思い出させるかのようで、“一枚岩”になれない点は不安材料か。

そんな民主党(会派)にも一時期だけ所属したことのある作家・元長野県知事の立候補表明は、これまで横浜との関係性がよくわからなかっただけに、誰も予想できなかったのではないか。長野県知事だけでなく、参院議員や衆院議員、さらには自ら立ち上げた政党の代表をつとめた経験も持つ大物だ。

神奈川県庁

実は、先ほど紹介した参院議員・元神奈川県知事も衆院時代は民主党に一時所属していたり、小規模政党を率いていたり共通点が多い。

作家・元長野県知事は日本維新の会の前身となる「おおさか維新の会」公認で東京選挙区から参院選(2016年)に出たことがあるし、参院議員・元神奈川県知事も東京都知事選(2012年)に出馬している。

両氏とも東京で落選したから近くの横浜に来たのか、と思えなくもないが、色んな形で選挙に出ていることもあって知名度は抜群で、知事としての経験もある。自ら小規模政党の代表をつとめ、複数の政党も渡り歩いてきたことから見ると、既成政党の枠には収まりづらい政治家といえそうだ。

最も横浜市政を知る市議や民間人も参戦

横浜市役所

IRの反対を訴える候補者はまだいる。先ほど触れたベテラン横浜市議は、磯子区を地盤に11回にわたって当選を重ね、これまで何代にもにわたって横浜市長(高秀氏・中田氏・林氏ら)と対峙してきた政治家。今回出馬表明している人のなかでは、もっとも横浜市政を知る人物かもしれない。

政治の世界にどっぷり浸かってきた立候補表明者(そうした人たちに担がれた立候補表明者も)が多数現れるなかで、横浜市の外部委員をつとめた弁護士・元検事と、横浜の水産事業者で一定の知名度を持つ地元経営者の2人は、新鮮さやしがらみの無さという点で注目に値する。IRではなく「食」を通じて山下ふ頭を再開発するという代替案も多くの市民が理解しやすそうだ。

横浜市の課題は「IR」だけではない

ここまでIRという一点に絞って立候補表明者9氏の動向を見てきたが、巨大な横浜市のなかで、IRは一つの政策に過ぎない面もある。多くの郊外在住市民にとって、山下ふ頭という“観光再開発地”の出来事といえるのではないか。

現在の大きな課題となっている新型コロナウイルス対策についても、横浜市独自の対策を行うならば、県から権限や予算を奪わなければ限界が生じるし、そのためには国を動かす必要もあるだろう。横浜市だけで独自の大きな対策を打つためには、政令指定都市のあり方をどうするのかの議論も必要だ。

市民の生活面では、人口がいくら多くても図書館の増設ができなかったり、冷えた「宅配弁当」を中学校給食と称していたり、山や丘を切り崩した住宅地建設を認めたうえ災害対策も十分とはいえないなど、横浜市ならではの課題は無数に存在する。

また、高度経済成長期に建てられた公共建築物が多いなかで、これらを維持するためにも金が必要だ。港北区内のように人が多い割には極端に狭い駅前や、渋滞ばかりの窮屈な幹線道路も何とかしなければならないが、これも金がかかる。

IR誘致の原点にもなった“金も大きな企業も少ない横浜市”をどう持続させていくのか。4年に1回しかない機会だけに、8月8日(日)以降にあらためて9氏の思いや考え方に触れてみたい。そして、有力な9人の力で投票率を上げてくれることを期待したい。(田山勇一)

横浜市長選へ立候補を表明しているみなさん

)8月3日現在。新人は五十音順とし、現職は最後に掲載。プロフィールは公式サイトや選挙記録などによる。カッコ内は当選時の所属政党と選挙区、通算当選回数。なお、知事・市長の当選時は無所属

  • 太田正孝氏 [Facebook/Twitter]
    → 横浜市議(無所属・立憲民主党・新自由クラブほか、磯子区、当選11回)
  • 小此木八郎氏 [Facebook/Twitter]
    → 前国家公安委員会委員長(国務大臣)、前衆院議員(自民党、神奈川3区・比例南関東ブロック、当選8回)
  • 郷原信郎氏 [Facebook/Twitter]
    → 弁護士、元検事、前横浜市コンプライアンス顧問
  • 田中康夫氏 [Facebook/Twitter]
    → 作家、元長野県知事(当選2回)、元参院議員(新党日本、比例区、当選1回)、元衆院議員(新党日本、兵庫8区、当選1回)、元「新党日本」代表
  • 坪倉良和氏 [Facebook/Twitter]
    → 水産仲卸業「金一グループ(坪倉商店ほか)」(神奈川区山内町)会長
  • 福田峰之氏 [Facebook/Twitter]
    → 元内閣府副大臣、元衆院議員(自民党、比例南関東ブロック、当選2回)、元横浜市議(自民党、青葉区、当選2回)
  • 松沢成文氏 [Facebook/Twitter]
    → 参院議員(日本維新の会・みんなの党、神奈川県選挙区、当選2回)、元神奈川県知事(当選2回)、元衆院議員(神奈川9区・旧神奈川2区、民主党・新生党、当選3回)、元神奈川県議(無所属、川崎市麻生区、当選3回)、元「希望の党」代表
  • 山中竹春氏 [Facebook/Twitter]
    → 前横浜市立大学医学部教授
  • 林文子氏 [Facebook/Twitter]
    → 横浜市長(当選3回)
田山勇一(たやまゆういち):港北区在住のライター。全国の街歩き旅スポーツ観戦が趣味。2019年秋には日産スタジアム(横浜国際総合競技場)で行われた「ラグビーワールドカップ」と、岩手県釜石市や埼玉県熊谷市での試合をレポート。コロナ禍でのサッカーJリーグや、アイスホッケーのレポート、無観客五輪の落胆報告記も。ほんの一時期、政治の取材も経験

)この記事は「横浜日吉新聞」「新横浜新聞~しんよこ新聞」の共通記事です

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【参考リンク】

横浜市長選挙 特設サイト(横浜市選挙管理委員会)


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