“IR反対”で立候補表明が異例の多さ、「横浜市長選」の過去を振り返る | 横浜日吉新聞

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【コラム】来月(2021年)8月22日(日)に投票が行われる横浜市長選挙(8月8日告示)へ、カジノを含めた「IR(統合型リゾート)」への反対を訴えての立候補表明が相次ぎ、異例ともいえる盛り上がりを見せています。過去12年・3回の選挙を振り返ってみると、現在の立候補表明者の多さが信じられないほど、少人数での戦いが続いていました。

横浜市庁舎とロープウェイ「ヨコハマエアキャビン」

4年に1回行われる横浜市長選。そのペースが突如、崩されたのが今から12年前、2009(平成21)年7月のことでした。

当時の中田宏市長が2期目の任期を8カ月残して辞任を表明。近く予定されていた衆院選(衆議院議員総選挙)にあわせ、急きょ横浜市長選も同時に行われることになっています。

予定外の衆院選セットで7割近い投票率

中田市長の辞任後、新人候補3人によって争われた2009年8月の市長選は次のような結果でした。

2009(平成21)年8月30日執行

(投票率68.76%)

  • 林 文子(63)(無所属・新人):910,297 ※東京日産自動車販売社長、元ダイエー会長
  • 中西 健治(45)(無所属・新人):874,626 ※外資系証券会社役員
  • 岡田 政彦(43)(日本共産党・新人):200,283
このうち港北区内の投票結果
(投票率67.28%)

  • 林 文子:81,207
  • 中西 健治:74,494
  • 岡田 政彦:17,539

まず、注目したいのは投票率で、68.76%7割近くの市内有権者が投票に足を運んでいます。

市長選と同時に行われた衆院選では、全国69.28%という高い投票率のなか、当時の民主党が政権交代を訴えて圧勝し、民主党を中心とした政権が誕生しました。

任期途中で辞任した中田市長に対しては、賛否の声があったものの、市長選で高い投票率を記録できたのは、衆院選との同時実施を企図して辞めた同氏の“功績”ともいえます。

スーパー「ダイエー」の再生を託され、経営者として注目を集めていた頃に刊行された林文子氏の著書『一生懸命って素敵なこと』(2006年1月、草思社)(Amazon.co.jpより)

この市長選挙では、国政で政権交代を目指し勢いのあった民主党(当時)が企業経営者だった林文子氏(現市長)を推薦する形で擁立。自民党と公明党が支援した外資系証券会社役員の中西健治氏(現財務副大臣・参院議員)らを僅差で破って初当選しています。

現在は両氏とも政治の世界で活躍していますが、当時は企業の経営層という立場で政治は未経験。“異業種”からの候補者を擁立したあたりに、衆院選を控えた自民党や民主党が突然の市長辞任に慌てていたことがうかがえます。

また、党の支持者以外の票も取り込まなければ当選しづらい市長選では、立候補時に「無所属」として幅広く支持を募るのが一般的ですが、共産党が公認候補として政党内部から擁立せざるを得なかった点も同様といえそうです。

この選挙では林氏が当選しましたが、中西氏鶴見、西、南、磯子の4区では林氏の得票を上回っていました。

超無関心の前々回、市民の7割「棄権」

林氏が2期目を目指した2013(平成25)年8月の選挙結果は次の通りでした。

2013(平成25)年8月25日執行

(投票率29.05%)

  • 林 文子(67)(無所属・現職):694,360
  • 柴田 豊勝(66)(無所属・新人):134,644 ※元市議
  • 矢野 未来歩(38)(無所属・新人):19,259
このうち港北区内の投票結果
(投票率28.29%)

  • 林 文子:60,815
  • 柴田 豊勝:12,222
  • 矢野 未来歩:1,607

自民党と民主党、公明党という主要政党が推薦したいわゆる“相乗り現職候補”に、共産党系の新人候補らが挑むという構図になり、投票率はこれまでの市長選で最低の29.05%を記録しました。

いくら市民から選挙時にシラけられたとしても、市長としては、議会で多数派となっている政党の協力を得なければ、市の運営が上手くまわらないのも現実。最初に林氏を擁立した民主党(当時)の支援だけだと、横浜市議会(市会)で多数を占める自民党や公明党に反対されれば、予算などの重要なことを決められてなくなってしまいます。

関内駅前にあったかつての横浜市庁舎「議会棟」

一方、政党の側も、選挙時には対立しても、その後に自らの要望に応えてくれる市長ならば、落選や党内分裂といったリスクを冒してまで替える理由がないため、国政で対立している政党であっても同じ候補者に“乗っかる”という構図が生まれます。

林氏は、前回選挙で対抗する形となった自民党と公明党から新たに推薦を受けることに成功し、選挙前には『共感する力~カリスマ経営者が横浜市長になってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書、2013年4月)、『しなやかな仕事術』(PHP新書、2013年6月)と相次いで新書を刊行するなど、地盤固めと知名度向上に注力。

選挙時には、大きな争点も見当たらず、市民の7割超が棄権するという無関心極まる選挙でしたが、林氏が元市会議員らを大差で破りました。

IR「白紙」で“旧民主系”の2氏破る

選挙で圧勝した林市長は、議会でも自民・民主(当時)・公明の主要3党から協力を得て、盤石の体制で2期目をスタート。この間には、賛否が分かれそうなカジノを含む「IR(統合型リゾート)」の山下ふ頭への誘致構想や、市立中学校での給食要望の高まりに応えられていないなどの課題も浮上。

林氏は、IR誘致構想については「白紙」として判断を保留し、中学校給食は「ハマ弁」と名付けた格安の宅配弁当を提供することで臨んだのが4年前、3期目を目指す2017(平成29)年7月の選挙でした。

2017(平成29)年7月30日執行

(投票率37.21%)

  • 林 文子(71)(無所属・現職):598,115
  • 長島 一由(50)(無所属・新人):269,897 ※元衆院議員
  • 伊藤 大貴(39)(無所属・新人):257,665 ※元市議
このうち港北区内の投票結果
(投票率36.22%)

  • 林 文子:52,062
  • 伊藤 大貴:24,695
  • 長島 一由:23,949

かつて林氏を擁立した「民主党」民進党(当時)と名を変更。この選挙では、自民党と公明党のみが林氏を推薦し、民進党や共産党が独自の候補を擁立しないなか、元逗子市長で国政時代は民主党所属だった元衆院議員と、かつて民主党所属国会議員の秘書をつとめた経験も持つ元市議が無所属で立候補を表明。

自民と公明が推す林市長に対し、かつて民主との関わりを持っていた新人2氏はカジノを含んだ「IR」や中学校給食の実施を争点に定め、「カジノIR反対、中学校給食の実現」を訴えたものの、2氏の得票を合わせても52万7562票。「IRの判断は白紙・ハマ弁推進」の林氏が得た59万8115票には及びませんでした。

8月8日にどれだけの人が立候補するか

3期目の選挙に勝利した林氏は、選挙時に白紙としていたカジノを含んだ「IR」については推進を表明し、中学校給食は宅配弁当の「ハマ弁」をそのまま給食化するなどして対応。すでに残る任期は1カ月超となりました。

市民向け説明会としては最後となっている港北公会堂での「IR説明会」は怒号が飛び交うなど荒れ模様だった(2020年2月14日)

現在、大きな争点となっているカジノを含んだ「IR」の誘致に対し、反対の立場から市長選へ立候補の意向を示す人が相次いでいるものの、現時点では“立候補の表明”に過ぎません。

8月8日(日)の立候補届出日(告示日)に選挙管理委員会に立候補書類を受理してもらい、法務局に供託(きょうたく)金240万円(得票数が有効投票総数の10分の1以下だった場合は没収)を提出していない限り、選挙へ出ることは叶いません。

かつて、こうした大型自治体の選挙では、告示日直前に大物とされる候補が立候補を表明する“後出しジャンケン”と呼ばれる選挙スタイルが有利とされた時期もありました。

また、今年は秋以降に衆院選が行われる予定のため、横浜市内の選挙区で立候補を考える人のなかには、自らの名前を浸透させることを意図して市長選へ出るとの思惑を持つ人がいるかもしれません。

中田前市長時代の2007(平成19)年に制定された「横浜市長の在任期間に関する条例」では、市長は連続して3期を超えないよう求めている(横浜市サイト内「横浜市長の在任期間に関する条例」より)

一方、横浜市には、中田前市長時代に制定された「横浜市長の在任期間に関する条例」という独自の条例が存在し、罰則や強制力は無いものの「市長の職にある者は、その職に連続して3期を超えて在任しないよう努めるものとする」と定められています。林氏が4期目へ向けて正式に立候補すれば、現職市長が自ら条例を反故にする形となってしまいます。

果たして8月8日の告示日にはどれだけの人が実際に立候補の届け出を行うのか。きょう7月16日(金)に横浜市会議事堂(中区)で立候補予定者への説明会が開かれる予定となっており、まずは注目ポイントとなりそうです。

【関連記事】

東京と違って常に盛り上がらぬ「横浜市長選」、無関心な市民だけが悪いのか?(2017年7月8日、前回市長選での記事)

【参考リンク】

2021年「横浜市長選挙(令和3年8月22日執行)」のデータ(市選挙管理委員会)

2017年「横浜市長選挙・横浜市議会議員緑区選挙区補欠選挙(平成29年7月30日執行)」のデータ(市選挙管理委員会)※前回選挙

2013年「横浜市長選挙(平成25年8月25日執行)」のデータ(市選挙管理委員会)※2回前の選挙

2009年「横浜市長選挙(平成21年8月30日執行)」のデータ(市選挙管理委員会)※3回前の選挙

横浜市「横浜市長の在任期間に関する条例」(2007年9月28日施行、「3期を超えて在任しないよう努める」とある)


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