師岡町の“明治横浜研究所”が閉鎖、薬品研究60年超の歴史に幕

横浜日吉新聞

バス停名の「明治横浜研究所前」でも知られる“明治研究所”の閉鎖が正式に決まりました。

明治ホールディングス傘下の製薬事業者、Meiji Seika(メイジセイカ)ファルマ株式会社(東京都中央区)は、師岡町のトレッサ横浜北棟に隣接して立地している「横浜研究所」を閉鎖し、小田原市にある製薬研究所などへの統合を決定。今年1月から残務処理を行っており、跡地の活用方法は現時点で未定だといいます。

師岡町のトレッサ横浜北棟に隣接して立地するMeiji Seikaファルマの「横浜研究所」、写真奥は1989年に発足した「薬品総合研究所10号館」と呼ばれる7階建ての建物(2018年10月)

Meiji Seikaファルマによると、一昨年(2020年)秋に研究開発体制などの組織改正を実施したことを機に研究機能を小田原の拠点などへ段階的に移しており、最後まで横浜研究所に残っていた農薬などの研究部門についても、農薬事業自体を他社へ売却したため、今年1月4日に閉鎖しているとのことです。

横浜研究所の建物などは3月15日時点でこれまで通り残っているものの、「meiji」のロゴマークや門の銘板は取り外され、工事関係者以外の人の出入りは見られない状態です。

建物はそのまま残るが会社の銘板やロゴマークは外されている(3月15日)

近年の横浜研究所には、「医薬研究所」「CMC研究所」「生物産業研究所」という3つの研究機能があり、100人から150人の研究者が勤務していたといいます。

跡地の活用方針については「現時点で未定の状態」(Meiji Seikaファルマ)としています。

製薬部門の重要な「中央研究所」

Meiji Seikaファルマの横浜研究所は、明治製菓(当時)製薬部門の「中央研究所」として1961(昭和36)年7月に開設したもので、すでに60年以上の歴史を持ちます。

明治横浜研究所前のバス停には「チョコレートはMeiji」と書かれたベンチも。写真右奥はトレッサ横浜の北棟(3月15日)

チョコレートやキャラメルなどの菓子メーカーとして大正時代に創業した明治製菓ですが、終戦後の1946(昭和21)年に抗生物質「ペニシリン」で製薬事業に参入し、その後、抗結核剤「ストレプトマイシン」などの開発で事業を拡大。

研究機能の強化を図るため、当時は一面に田畑が広がり、環状2号線もなかった時代の師岡町に1万7000平方メートル超の土地を購入しています。

研究所の敷地内には少なくとも5棟以上の建物がある、左はトレッサ横浜北棟の駐車場出口(3月15日)

この土地を使って、川崎や大阪の工場に分散していた薬品の研究施設を統合して中央研究所を設け、電子顕微鏡室や赤外線分析室といった最新設備を完備し、長年にわたって基礎研究の拠点としてきました。

創業90年時に刊行された明治製菓の社史によると、中央研究所で研究した薬品を川崎工場(幸区、現在は川崎駅西口の高層ビル「ソリッドスクエア」)へ移し、そこで商品化へ向けた開発を行っていたといいます。

綱島方面のバス停には明治のスナック菓子「カール」をPRするベンチも(3月15日)

その後も明治製菓は総合薬品企業を目指して製薬事業を拡大。1994(平成6)年ごろの中央研究所には「創薬研究所」「動物薬研究所」「安全性研究所」「薬物動態研究所」「物性研究所」「薬剤研究所」という6つの研究所を置き、同社薬品研究の全機能を担っていました

一方、2009(平成21)年4月になると、明治製菓は“同門企業”である明治乳業と統合して明治ホールディングス(HD)を発足。

旧明治製菓の製薬事業は2011年から「Meiji Seikaファルマ」として再スタートした(同社公式サイト)

2011(平成23)年4月には菓子や食品事業を「株式会社明治」に移し、製薬事業は「Meiji Seikaファルマ」として再スタートを切っています。同じタイミングで研究所前にある臨港バスと東急バスの停留所名も「明治製菓研究所前」から「明治横浜研究所前」に変わりました。

明治HDは昨年(2021年)5月に発表した中期経営計画で、Meiji Seikaファルマについては、ワクチン開発を行う子会社のKMバイオロジクス株式会社(熊本市北区)と一体運営を加速し、ワクチン事業を強化していく方針を打ち出しており、今回の研究所統合もそうした流れのなかで実施されたものです。

小学校は一杯「マンションだけは……」

Meiji Seikaファルマの横浜研究所が位置する師岡町の表谷町内会によると、昨年(2021)9月ごろに同研究所から町内会を退会する意向を伝えられたといいます。

明治横浜研究所前のバス停からは綱島駅や鶴見駅、日吉駅、新横浜駅へ直結(2019年)

昨年秋ごろには地元の師岡小学校に「研究所内の備品で必要なものがあれば持っていってくださいと連絡があった」(関係者)といい、「ビジネス用の机や椅子、ホワイトボードなどを学校に寄贈していただき、大変助かっている」(同)と話します。

一方、近くの住民からは「今でも師岡小の児童数は1100人を超えており、来年は1200人以上に増えるといわれている。跡地に大型マンションを建てることだけは勘弁してほしい」との声も聞こえてきます。

横浜研究所に隣接するトヨタ自動車系の広大な事業用地は、真ん中を環状2号線が貫き、その後には多くを商業施設「トレッサ横浜」に転用。港北・鶴見の両区から多くの人を集める場所に変わった(2021年5月)

明治製菓が研究所を建てた1961(昭和36)年頃は、隣接地にトヨタ自動車系の広大な敷地と、川崎町田線沿いの樽町に「ヨロズ」などいくつかの工場が進出しているほかは一面の田畑という時代でした。

その後、至近に環状2号線が開通し、周辺の師岡町と樽町では宅地化が進展。隣接地ではトヨタ系が事業用地を縮小して大型商業施設「トレッサ横浜」をオープンするなど、周辺の環境は激変しています。

明治製菓時代から現在まで60年以上にわたって明治グループが所有してきた約1万7150平方メートルの敷地と研究所の建物群は、今後どのように活用されることになるのでしょうか。

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【参考リンク】

Meiji Seikaファルマについて(会社の沿革など)


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