【講演レポート】「特別市制度」が多くの方に関心を持たれていると実感している――。
今月(2023年)3月11日に慶應大学日吉キャンパスの協生館「藤原洋記念ホール」で開かれたシンポジウム「特別市制度の実現に向けて」(指定都市市長会主催/横浜市共催)には、ほぼ満席となる350人の市民らが参加し、山中竹春市長らが特別市の必要性や意義を訴えました。
特別市(正式名称は「特別自治市」)は、横浜市などの大規模な「指定都市(政令指定都市)」が都道府県から抜けて“独立”し、「国→特別市」という形にする地方自治制度。
山中市長は「今は『日本国神奈川県横浜市』となっているが、これを『日本国横浜市』にするもので、48番目の“県”をつくるものではない」と説明します。
指定都市が特別市となり、都道府県の枠組みから抜けることで「二重行政」の解消などを目指していくものだといいます。
ただ、現在は法制化されておらず、特別市を実現する道筋がついていないことから、横浜市をはじめとした全国20指定都市の市長らが啓発活動を強化している最中です。
今回、指定都市市長会と横浜市が2012(平成24)年12月以来10年3カ月ぶりに日吉で開催したシンポジウムで議論された内容の要旨を以下にご紹介します。
シンポジウム「特別市制度の実現に向けて」の発言要旨
(※)シンポジウムでは便宜上「都道府県」という言葉が一部使われていますが、東京都には指定都市がなく、特別市を目指す動きは見られません。また独自の大都市制度(特別区制度)となっているため、特別市との関係においては、都を除いた「道府県」との枠組みから抜けるという意味になります
コロナ対策でも「二重行政」の弊害
【主催者あいさつ】指定都市市長会・会長の久元喜造神戸市長
それぞれの国・地域で経済成長を引っ張っているのは大都市で、その果たす役割は大きいと感じている。
しかし、残念ながら我が国では大都市の実力が十分に発揮し切れておらず、その大きな原因が道府県との「二重行政」にある。
この弊害は3年におよぶ新型コロナウイルス対応でも明らかになった。
二重行政の弊害を減らすため、私たちは道府県と連携・協調しながら努力しているが、抜本的な解消のためには制度改革が必要だ。
大阪での「都構想」における住民投票に見られるように、その根拠法となった「大都市地域における特別区の設置に関する法律」がある。これは指定都市を廃止して道府県に仕事を寄せていくという制度改正だった。
そうであるならば、指定都市が道府県から独立し、一元的に責任を持って行政を執行することができる「特別市制度」の創設も必要だ。
指定都市市長会はこの特別市制度や、大阪都構想のように指定都市を廃止するという制度、そして現在の指定都市のまま、といういずれかの制度を選択することができるような制度改正が必要だと考えている。(ビデオメッセージ)
かつて「特別市」制度は存在していた
【基調講演】総務大臣政務官・中川貴元氏(衆議院議員)
28歳の頃から地元の名古屋市で市会議員を7期26年間つとめ、かつて「指定都市議長会」の会長もつとめさせていただいた。当時から「特別市」のあり方を議論してきた。
地方制度については、1888(明治21)年に「市制町村制」が制定された頃から、「大都市は一般の市とは異なる制度を設けるべき」という議論が始まっている。
1947(昭和22)年に「地方自治法」が制定された時、実は特別市制度が定められていたのだが、紆余曲折があって1956(昭和31)年に廃止され、そして現在の「指定都市(政令指定都市)」の制度が創設された。
自治体の人口に「2万倍」のばらつき
一口に「地方自治体」と言っても大変ばらつきがあり、(全国で人口が最小の)東京都青ヶ島村は人口が178人で、横浜市の人口は青ヶ島村の2万倍ということになる。
現在、国民の半数は「指定都市」や「特別区(東京23区)」、「中核市」に住んでいる。都市部では“昼間人口”の方に対しても行政サービスを提供していく必要がある。
都道府県と市町村の事務分担の割合を見ていくと、それぞれの地域によって状況が異なる。
指定都市や中核市が存在する地域では、市町村が処理する事務の領域が大きい。
逆に奈良県や徳島県のように「核」となる大都市がなく、小規模の市町村が多いと都道府県が処理する事務の領域が大きくなる。
海外では柔軟な地方行政制度がある
英仏独米と韓国、台湾の地方行政の仕組みを見ると、一つの国で「一層制」も「二層制」もあり、日本のように画一的ではない。議会と「長(市長など)」の関係も柔軟性がある。
各国では柔軟に対応していることをご理解いただければと思う。
都道府県の反対で消えた「特別市」
冒頭でも触れたが、かつて「特別市」の制度は設けられていた。
これは、当時の「五大都市(京都・大阪・横浜・神戸・名古屋の5市)」による運動の成果だった。
特別市に指定されると都道府県と同様の権限と財源が与えられ、都道府県の区域外となり、特別市が都道府県と同様の権能(けんのう)を持つこととされた。
ただ、特別市に指定されると都道府県の区域外となることから、「特別市以外の残存地域の取り扱いをどうするのか」という議論もあり、都道府県から大変強い反対があったという歴史がある。
妥協の結果として「政令指定都市」
そして、「差しあたっては」「一応の解決策」として答申が出され、1956(昭和31)年の地方自治法改正によって、一つも指定されることがないまま特別市制度は廃止となり、現在の指定都市(政令指定都市)制度が発足した。
妥協点を見出した結果としての指定都市制度ということができるのかもしれない。
現在の指定都市は、権限の移譲は受けるが、都道府県の区域外となっているわけではない。指定都市においても他の市町村と同じように「二層制」が維持されている。
大都市の問題は戦前から議論されているが、現在にいたっても問題が山積しているのが現状といえる。
基礎自治体のまま「県」の役割も担う
【シンポジウム発言】横浜市・山中竹春市長
こうしてたくさんの皆さまにご来場いただき、「特別市」の制度が多くの方に関心を持たれていると実感している。
いよいよ横浜も人口減少社会に突入してきた。人口減少で市税収入や担い手が不足し、需要も減少し、さまざまな影響が考えられる。だからこそ指定都市市長会が特別市の制度創設へ向けて盛り上げようとしている。
まず、日本の各都市と都道府県の人口グラフを見ていただきたい。「(除)」とあるのは指定都市の人口を除いた都道府県の人口を表している。
これを見ても、横浜はいかに人口が多いかが分かる。静岡県や広島県、京都府よりも多い。
また、神奈川県は3つの指定都市(横浜・川崎・相模原)の人口を除いたとしても、これだけの人口がある。
「48番目の県」をつくるものではない
特別市の制度を端的に言うと、今は「日本国神奈川県横浜市」となっているが、これを「日本国横浜市」にすることだ。
「48番目の県を作るのか」と言われるが、それは違う。横浜市が基礎自治体であることは変わらない。
皆さんが困った時、まず訪ねるのが区役所や市役所で、県庁にはあまり行かないと思う。つまり皆さんの一番身近なところにある自治体が基礎自治体といえる。
基礎自治体でありながら「県」の役割をも担うというのが特別市だ。
幼稚園は「県」、保育所は「市」
なぜ特別市が必要なのか、それは「二重行政」の問題があるからだ。
たとえば、県営住宅と市営住宅、図書館も県立と市立があり、県と市が同一の公共施設を作ったりしている。
業務領域で言えば、保育所は市が管轄しているが、幼稚園は県と分かれている。
幼稚園か保育園か、県か市かではなく、未就学児の政策は一体的に進めていくべき話ではないか。
また、小児を対象とした医療費の助成制度は、横浜市の子どもがクリニックにかかると4分の1は県が補助しているが、政令市以外の市町村では県から3分の1の補助が受けられる。
住んでいる場所で格差があるのは望ましくないので、実際には市が埋め合わせているが、同じ県民税を払っていても横浜市に住んでいると4分の1しか県からもらっていない。埋め合わせ分は、市民の税金で負担していることになる。
信号は「県」、ガードレールは「市」
こうした事例はまだある。
交通安全対策では、横断歩道の新設や塗装の改修、信号機の設置といったことは「規制」に関する内容なので県警が担当している。つまり県の管轄だ。
一方、スクールゾーンやガードレール、カーブミラーの設置など「安全」に関わる話は市の権限となっている。
市民の交通安全が一番の“ゴール”であって、県や市の役割区分が大事なのではない。
県が管轄する信号機や横断歩道についても、市が対応することで速やかにより早く対応できるようになる。我々は基礎自治体なので市民の要望を一番身近なところで聞ける存在だからだ。
地域のことは地域で決めて反映させる。特別市になると交通安全対策が変わる。
危険な崖指定は「県」、応急処置は「市」
また、横浜市は崖(がけ)地が多く、その対策は待ったなしだが、危険な崖の指定や工事は県の所管になっている。一方、二次災害の危険性のある崖地の応急処置は市のほうで速やかに行う。
河川も「ここからここまでは県」で、「この先は市」といった形で管轄が決められている。
命に関わることなので市民の側からすれば一体的に対策を行って欲しいと思うのではないか。
人口が多くても国と直接やり取りできない
新型コロナウイルス対策においても、県に権限が集中している。
横浜・川崎・相模原の3指定市だけで県内人口の3分の2を占めているが、国とのやり取りは直接できず、県を通して行わなければならない構造となっている。
財源確保やワクチンの配布なども県と調整するのではなく、国と横浜市が直接やり取りをすることで市民ニーズに合った対応が可能となる。
教育分野で見ても、小学校や中学校は主に「市立」なので市の管轄だが、高校になると県が「県立」をたくさん持っている。また、「私立」の小・中学校は県の管轄ということになっている。
小・中・高と一体的に教育政策を打つうえで、分かれているのはどうなのか。
子育て教育に関する政策を一元的に展開していくためにも特別市の制度が必要だ。
県は特別市以外の市町村支援に注力できる
県は横浜市などの「指定都市」に関する対応を行うより、それ以外の市町村の支援を行ったほうが役割分担になる。
特別市が抜ければ、県は他の市町村支援に注力ができるようになり、全体としての底上げになるのではないか。
県と市の二重行政を解消し、地域のことは地域で決めるのが特別市の制度だ。実現へ向け、今後も機運醸成を図っていく。
最終的に判断するのは市民の皆さんなので、市民目線の議論を進めていきたい。
特別市はプラットフォームを変えること
【シンポジウム発言】一橋大学法学研究科・辻琢也教授
特別市は、人口が集中している地域の住民自治をもっと充実させていこうというのが一番の趣旨で、基本的には県と市を一体化するのが最大のコンセプトだ。
今も自治体業務の相当な部分を横浜市は担っているが、それをさらに一元化して持ってくることで、重複や調整を減らしたいというものである。
単に人を減らしたり、無駄を減らしたりするのではなく、市民の皆さんに自治体業務の「見える化」を図りたいということだ。
何の業務を市がやっていて、県が何をやっているかをいちいち考えなくてよいようにする。
なるべく財源を一つの自治体へ集中させると同時に責任もその自治体に一元化する。ここで解決できないことは自治体が国と直接交渉する。
私の言い方では「DX(ディーエックス=デジタルトランスフォーメーション)時代の行政の流通化」という表現になる。
市民には負担をかけない制度変更
たとえ話を挙げれば、スマートフォンの通信環境を「4G」から「5G」に変えることのようなもので、使ってもすぐに利便性が高まったという実感はないだろう。アプリが良くなった時に初めて実感できるはずだ。
アプリを良くしていくためには、やはりプラットフォーム(土台)が重要になる。
特別市は、プラットフォーム(土台)を変えることだ。
メリットとしては制度の変更自体が皆さんに負担をかけないことで、今の区域と市域のままでそこにすべての移譲が行われていく。
電話で言えば昔の「局内工事」みたいなもので済む。
最大の権限委譲をやり切れている
指定都市では、都道府県からの権限委譲のなかで最大のものはすでに終わっており、それが「県費負担教職員」(※都道府県の負担による市町村立の教職員)だ。
この部分は移譲されており、指定都市はこれをやり切れている。(※教職員に関する権限と税財源が指定都市へ移ったことにより、都道府県の関与がなくなり、配置が柔軟に行いやすくなったとされる)
批判が強い市外住民をどう説得するか
特別市に対する反対は、市内の住民からよりも、市域外の住民から批判が強い。どこまで説得できるかがポイントだろう。
分かりやすいイメージとして例を挙げれば、夏の高校野球の代表校を決める時のことを考えてほしい。
神奈川県では記念大会でもない限り県から1校しか夏の甲子園大会に出場できないが、東京都や北海道からは2校が出場できる。
特別市というのは、県とは別に横浜市からも「1校を出します」といった改革といえる。
横浜の「財政力指数」は高くない
人口で注目してほしいのが国外からの流入の部分だ。令和2年度で4500人くらいある。一番の社会増は海外からの流入にある。
横浜の人口を維持するには国際的なやり取りのなかで決まってくるので、他の市町村から人を呼び込むものではない。
また、財政力指数で見ても、横浜は他の自治体に批判されるほど高くない。真中やや上くらいだ。
財政力指数上では、横浜だけが“一人勝ち”して他の市町村に迷惑をかけるような状況にはなっていない。
基幹業務や県税はどうなるのか
市町村(基礎自治体)の業務面では、基幹業務はデジタル化が進んでおり、これは基本的に市町村と国がダイレクトに結びつく設計となっている。
県が総合調整を行うと言っても、基礎自治体と国の間で基礎データのやり取りはできているわけだ。
「県税」の課税や徴収(賦課徴収)という面で見ても、「個人県民税」では、申告情報は国が持っていて、市が「市税」とともに課税徴収し、後に県が受け取る形だ。
「地方消費税」も国が徴収した後に県が精算し、その後に市に交付される。
県は「法人事業税」や「自動車税」を直接徴収しているが、地方税の共同機構(地方税共同機構=地方税共通納税システム)を使うことも可能だ。
こうして見ると、県が独自に課税しているものは限られている。
自治体が自ら進むべき道を選べるように
自治制度で重要なことは多様性だ。
今の「県と指定都市」というパターンもあって、(都市部の23区が特別区として独立している)東京都に似た大都市制度(特別区制度)の制度設計も行われている。
昔は「特別市」の条項もあったわけなので、これをまずは復活させることが重要だ。
こうした多様な自治制度のなかから、自治体自らが選べるようにして、進む道を決めていくというのが横浜の風土にぴったり合うのではないか。
自治制度を変えるというのは、どちらかというと面倒な話であり、すぐに受益が出てくるわけではないので後回しにしがちだ。
早めにやっておくことが人口減少時代に重要なことではないか。
(2023年3月11日に日吉で行われたシンポジウム「特別市制度の実現に向けて」の発言要旨は以上です)
【関連記事】
・日吉で10年ぶり、3月11日(土)に横浜市が「特別市」を目指すシンポジウム(2023年3月3日)
・神奈川県から“独立”目指す横浜市、「特別自治市」のメリットは誰にもたらすか(2021年6月21日、特別市を目指す経緯や詳細)
【参考リンク】
・横浜市が目指す新たな大都市制度「特別市(特別自治市)」(横浜市政策局)
・新たな大都市制度「特別市(特別自治市)」の創設に向けて(指定都市市長会)
・特別自治市構想(通称「特別市」)に対する神奈川県の見解(2022年11月18日、「住民目線から見て法制度化することは妥当でない」との見解)