神奈川県から“独立”目指す横浜市、「特別自治市」のメリットは誰にもたらすか | 横浜日吉新聞

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【コラム】横浜市民は「神奈川県民である必要はない?――。横浜市は、神奈川県からの“独立”を目指す「横浜特別自治市」の構想をこのほど改訂し、新たな市民向け冊子を制作して先週(2021年)6月18日から区役所などで配布を始めています。一つの「国家」並みともいえる377万人超(2021年6月現在)の人口を持つ横浜市が描く基礎自治体像は、どのようなものなのでしょうか。(2021年6月21日時点の記事です)

6月18日から区役所などで配布を始めた冊子「横浜特別自治市」

横浜市が目指す「特別自治市」という新たなスタイルの自治体像は、今から10年以上前の2010(平成22)年5月に市が枠組みをまとめたもので、政令市が都道府県から独立することにより、県との二重行政の解消を目指すなどの内容としています。

その後、さらに議論を重ねて横浜市が2013(平成25)年3月にまとめたのが「横浜特別自治市大綱(たいこう=骨組み)」で、特別自治市になるためのメリットや課題を整理

今年3月には、課題に対する具体的な対応策などを盛り込んだ改訂版を発表しました。

県の仕事はすべて「特別自治市」が担う

今年3月に改訂された「横浜特別自治市大綱」では、横浜市が目指す方向として、以下の4点があげられています。

  1. 特別自治市としての横浜市は、原則として、現在神奈川県(以下「県」という。)が横浜市域において実施している事務及び横浜市が担っている事務の全部を処理する(警察も原則として特別自治市が担う)
  2. 特別自治市としての横浜市は、市域内地方税の全てを賦課徴収する
  3. 特別自治市としての横浜市は、県及び近接市町村等との水平的・対等な連携協力関係を維持・強化する
  4. 特別自治市としての横浜市の内部の自治構造は、市-区の二層構造を基本とし、現行の行政区を単位に住民自治を制度的に強化する

国の仕事以外は横浜市が担うとしている(冊子「横浜特別自治市」より)

市が公式に発表した提言では、「賦課(ふか)徴収する」や「自治構造」など、いわゆる役所用語が多く使われているため、わかりやすく“翻訳”すると、以下のような内容といえます。

(1)横浜市は「特別自治市」となって神奈川県から独立し、国とは直接やり取りする

(2)県が横浜市民から徴収している税金(県税)はすべて横浜特別自治市が集めて市民のために使う

(3)横浜特別自治市は県の一員ではなくなるものの、周辺の市町村などとは今後も連携していく

(4)横浜特別自治市は、現在の「区」を自治体として独立させることはせず、機能を強化する

簡単に言うと、「横浜市は神奈川県から独立し、独自に自治体運営する。財源も当然もらう」という点に集約できそうです。

二重行政の解消や財源の移譲を

では、なぜ横浜市は神奈川県からの独立を目指すのでしょうか。理由としてあげているのは、次の3点です。

  1. 指定都市制度の問題点
  2. 大都市特例事務に関する不十分な税制上の措置
  3. 大都市及び横浜市を取り巻く現状と課題

冊子では政令市が抱える課題をまとめている(同)

これも分かりづらいので、大綱に書かれた内容を読み取ると、以下のような課題や不満が記されていました。

  • 今から60年以上前の終戦時、当時の日本で5大都市だった横浜や名古屋、京都、大阪、神戸は独立しようとしていたのに、府県の抵抗にあって実現できなかった
  • 妥協の結果として生まれた「政令指定都市制度」は、権限こそ都道府県並みとなっているが、実態は一般の「市」と同じ制度設計であり、税収の多くが都道府県に握られている(権限と仕事は市に落ちてくるが、財源が落ちてこないのはおかしい)
  • また、県と市で同じような公共施設を整備したり、似たような施策を実施したりしているのは無駄である
  • 大都市と言っても、今は人口減少と超高齢化が進行しつつあり、将来的には税収も減るので苦しい(だから県は横浜市を頼らないでほしい)

横浜市民にとっては、県と市で同じようなことをしている“二重行政”の部分などは「なるほど」とうなずける部分もあるかもしれません。県と市で別々に税金を払ったり、書類を出したりといった手間は今も残っています。

県知事「構想そのものに大きな課題」

左から横浜市旗、国旗、神奈川県旗(横浜市内で)

こうした横浜市の特別自治市構想に対し、神奈川県はどう見ているのでしょうか。今年2月の県議会で黒岩祐治知事は以下のような要旨で反論しています。

  • 住民の目線で見ると、構想そのものに大きな課題があると認識している。その一つが、県の「総合調整機能」への影響である
  • 今回の新型コロナ禍においても、県内全域を対象とした医療提供体制「神奈川モデル」を構築し、病床の確保や入院の調整、患者の広域搬送など、さまざまな総合調整機能を担ってきた
  • 自然災害への対応や、水源環境の保全など、広く県民に影響が及ぶ課題については、オール神奈川で取り組むべきではないか
  • 財源の再分配機能への影響も大きな課題だ。県内の都市部と町村部では、税源に大きなかたよりがあるため、県が再配分を行ってきた。この機能が弱まると、県内の他の自治体で行政サービスの低下が懸念される

新型コロナ対策は神奈川県が主導する(2021年1月「<新型コロナ>緊急事態宣言発出!~神奈川県知事からのビデオメッセージ」より)

昨年(2020年)春以降、神奈川県病床の確保や休業補償金の設計など、刻々と変化する新型コロナウイルス禍への対応に苦心してきました。

そんななか、横浜市ではコロナ禍に苦しむ市民にとって急を要するとは思えない「カジノを含んだ統合型リゾート(IR)」や「新たな劇場整備」といった政策実現に突き動かされていたことを考えれば、万が一、市が機能不全に陥った際には、県が総合調整を担っていることでセーフティネット的な役割も期待できます。

また、財源の再分配機能については、国からも「税収の多い大都市が都道府県から抜けることで、残された周辺自治体の行政サービスに影響するのではないか」といった主旨の懸念も示されていました。

“一体性”が強みの18区は独立させない

横浜市は巨大化してきた(同)

横浜市の特別自治市構想では、国や県に対しては問題点を列挙して“独立”を強く訴えかける一方、市の内部にある「18区」をどうするかという部分になると、急に改革姿勢がトーンダウンしているように見受けられます。たとえば以下の点です。

・特別区のような新たな自治体をつくるのではなく、法人格を持たない区(行政区)とする

横浜市は県から独立するが、その場合でも18区を自治体として独立させることはない、現状のままでよいとの考えで、理由を3つあげています。

  • 80年以上もの間、現在の市域を前提とした行政運営が行われてきた経緯がある。市域の一体性が高い都市構造を形成しているという特徴があることから、横浜市を廃止して特別区を設置することは、横浜市の強みである大都市の一体性を失わせることになる
  • 市を廃止して特別区を設置することにより、一部の権限が市から道府県(横浜市の場合は神奈川県)に移譲されることになる。市から道府県に移譲された事務については、市民(特別区民)からは遠くなり、住民の意見が反映しづらくなる
  • 市を廃止し、事務、予算、職員などを道府県と特別区に再編することによるコスト増が懸念される

たとえば、港北区と「みなとみらい」に「横浜市の強みである大都市の一体性」を見出すことは、東京都心部へ通勤しているような区民にはきわめて困難な作業ですが、市としては“大都市の一体性”があり、強みであるとの認識を示します。

18区のなかでも人口は最大で3倍超の偏りがある(2021年版「横浜特別自治市大綱」より)

2つ目の「特別区による権限移譲」の部分も非常に分かりづらいのですが、例をあげると、東京23区のように特別区(独立した自治体)になって独立すると、多くの権限は都道府県に持っていかれることになりますよ、ということを言っています。

区が独立するのではなく、18区が“大きな一つのかたまり”となった「横浜特別自治市」でスケールメリットを出さなければ、県や国から権限の多くを勝ち取れません、という主張です。

そして3つ目がお決まりの“お金”問題。区が特別区として独立した場合、どのくらいのコスト増になるのかは、ここでは示されていません。

国は区のあり方について、「法人格を有し、公選の長、議会を備えた区を設置して実質的に二層制とすることが必要とまでは言い切れない」との考え方を示しており、“区の独立はさせない”という横浜市の方針もこれに沿ったものといえそうです。

現状の「区」では不十分、代表機能を

一方、は「現行の指定都市の区と同様のものを設置することでは不十分であり、少なくとも、過去の特別市制度に公選の区長が存在していたように、何らかの住民代表機能を持つ区が必要である」とも指摘しています。

区の機能や住民自治の強化を図るとしている(冊子「横浜特別自治市」より)

そこで市は、特別自治市の区では「区における住民自治の強化」と「住民参画と協働の充実」を図ることを打ち出しています。

具体的には、以下の3点です。

  • 区選出議員が当該区における意思決定を担う常任委員会等を設置する
  • 区長は、市会の同意を得た上で、市長が選任する特別職とする
  • 条例に基づく「区地域協議会」(仮称)を各区に設置する

1つ目は、市会議員が選出されている区の意思決定に関わるということですが、港北区(8人)や鶴見区(7人)、青葉区(7人)のように一定の議員数がいる区は、多様な意見を反映できる可能性がある一方、西区のように2人しか議員を選出できない区は、2人で議論して区の重要な決定を行うことになります。

2つ目には、区長は「市の職員」ではなく、「特別職」を選ぶ、ということが書かれています。

2020年に新装した横浜市役所

現在の区長は、市の幹部職員がつとめているため、人事異動や定年といった行政内部の都合によって2年から3年程度で定期的に交代しますが、特別職の場合はその対象外となり、公務員以外の民間人が担うこともできるようになります。

一方、特別職は市長が直接選ぶことになるため、自らの意に反するような区長を「即クビ」にしたり、選挙を前にした市長が人気集めで未経験の有名人をいきなり区長に据えてみたり、といったことも不可能ではありません。住民意思を示すリコール制度も検討が必要といえそうです。

3つ目にある「区地域協議会」(仮称)は、公募や無作為抽出などで選んだ区民が区の行政に参加する場、として位置づけられていますが、「各区の実情に応じて導入を検討する」としており、具体的な内容は今後議論する形となっています。

なお、ここで示されているような区の権限強化策は、政令市のままでも実現できないわけではありません

大阪市では、特別職ではないものの民間人も含めて区長を公募していますし、市会議員が区の行政に関与するならば、議会のなかに「港北区特別委員会」(市議8人)とか「中心部(西区・中区)特別委員会」(市議5人)のような会議体を作れば実施できるはずですが、現在まで行っていません

これは、市長や議会といった政治側の怠慢なのか、それとも行政(役所)側が政治家の関与を最大限回避するために積極的ではなかったためか、あるいは市民が現状に不満を持っておらずニーズがなかったのか。今まで実現に向けて動いていない理由や背景を探るところから始める必要がありそうです。

現在の「政令市」は豊かではない

超高齢化による財政不足の懸念は、横浜市がIRを誘致した背景の一つとしてあげていた(2020年2月、港北公会堂)

これまで10年以上にわたって提唱し続けてきた横浜市の特別自治市構想ですが、現時点では国の法律によって制度化されておらず、実現への道筋はついていないのが現状です。

一方、大阪市24区体制の政令指定都市を解体して4つの「特別区」に再編することを試みて二度の住民投票を行ったように、大都市の政令市であっても、現在の制度変更や効率化を図らなければ、運営がより厳しくなるという危機感は浸透しつつあります。

横浜市の資料によれば、市町村の財政力を示す「財政力指数」で見ると、神奈川県内のトップ5は箱根町、厚木市、鎌倉市、寒川町、藤沢市の順で、川崎市は7番目、横浜市は12番目という位置にあり、必ずしも政令市が“裕福な自治体”とはいえない状況です。

それでも、現在の政令市制度では、自らは地下鉄や道路、都市整備といった大都市の機能を維持し続けながらも、都道府県の中心自治体として、周辺市町村のために“稼いでくる役割”も担わなくてはならない仕組みとなっています。

神奈川県庁は横浜の中心部・日本大通りに置かれている

神奈川県で見れば、都市部である横浜市・川崎市と、静岡県に接した温泉地・湯河原町や、足柄の山間地帯で山梨県に接した山北町までの広い範囲が“オール神奈川”であるとして、一体的に動かなければならない枠組みから抜け出したいという考え方は、政令指定都市の住民には一定の理解を得られる可能性があります。

たとえば、新型コロナ禍では、感染者の多い横浜や川崎といった都市部でこそ集中的に細かな対策を打つことが重要ですが、現在は主導権が都道府県にある以上、政令市が独自に行える対策も限定的にならざるを得ません。感染者が少ない市町村の側でも、政令市の感染状況が悪化すれば、都道府県全体に発出される「緊急事態宣言」に巻き込まれてしまいます。

広大な神奈川県で一体感を持つ理由が乏しい一方、同じように人口が膨張し続けた横浜市でも、18区・377万人もの市民が一体的に動くことのメリットが住民には見えづらい面もあります。

横浜市が提唱する「特別自治市」は、まずは生活の基盤である区民という目線から、自治体のあり方をあらためて考える好機となりそうです。

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【参考リンク】

横浜市が目指す新たな大都市制度~横浜特別自治市を目指して(横浜市政策局)

指定都市市長会(横浜や川崎など全国20市長による団体、特別自治市化を提唱)


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