半世紀近い歴史を刻んだ日本最大級の「日吉台学生ハイツ」、3/20に迫る終幕

横浜日吉新聞
p160220p0004

日吉台学生ハイツは写真右側の西館と左側の東館があり、計920室がある日本最大級の男子学生会館。左端に見えるのは慶應義塾大の「協生館」、手前は東急線

日吉駅東口近くの「日吉台学生ハイツ」(箕輪町1、現在の正式名は「東京・スチューデントハウス日吉台」)では2016年3月20日(日)の閉館まで残り30日を切りました。900人以上いた入居者のうち、既に600人ほどが退去したといいます。「日本最大級の男子学生会館」(同館の紹介動画)として、1969(昭和44)年3月のオープンから半世紀近くにわたって多数の若者を社会に送り出してきました。学生の街・日吉を代表する施設でもあるだけに、惜しむ声は日吉内外に広がりそうです。

日吉台学生ハイツは、「箕輪大池」と呼ばれていた池を埋め立てた土地を使って設けられた学生向け宿舎です。地上8階・地下1階の建物が2棟(東棟・西棟あわせ920部屋)あり、当時の日吉ではひときわ目立つ高い建物としてオープンしています。

p160110p000006

1947(昭和22)年に横浜市が作成した日吉台の地図、右手下の「慶大運動場」の隣に箕輪池の姿が記されている

箕輪大池は古くから日吉に住む人には知られていた池で、もともと当時の「日吉村」が所有する用水溜池でした。1937(昭和12)年に村が横浜市へ合併されることにともない「村有財産である池を市に移管するのは忍びない」(「箕輪のあゆみ」小嶋英佑著、1997年)との理由から箕輪町の農家45世帯がお金を出し合って取得したとの歴史があります。

書籍「箕輪のあゆみ」によると、池の横に綱島街道が通っていることもあり、高度経済成長期には建設残土を投棄する場所として悪用され、農耕用水としての価値が次第に失われていったといいます。そのため1964(昭和39)年ごろに処分を決定。1966(昭和41)年に「上東開発」という企業に1億円で売却したとの記録が残されています。

そうした生まれた日吉駅徒歩4分という好立地の4707平方メートルの敷地に、1万5802平方メートルにおよぶ建物が建てられ、1969(昭和44)年3月に日吉台学生ハイツが生まれました。池を埋め立てたという経緯から、現在でも敷地内には「水神」を祀(まつ)る祠(ほこら)が置かれ、これまで毎年夏には同館の学生らによる祭りが行われてきたといいます。

1971(昭和46)年に撮影東横線を走る緑色の車体の電車、愛称「青ガエル」は1954(昭和29)年にデビューし、その後、熊本電気鉄道に払い下げられ、最後の1両が先日2016年2月14日に現役を引退したことが全国的な話題となった

今から45年前、1971(昭和46)年に箕輪町から日吉駅方面に向かって撮影された貴重な写真の右手後方には、開館して2年後の「日吉台学生ハイツ」が見える。この頃の日吉駅周辺には高い建物がほとんどないため、8階建ての学生ハイツがひときわ目立っている(『とうよこ沿線』提供、田中比呂之さん撮影)※クリックで拡大

誕生時から慶應義塾大学とは直接的な関係のない民間企業による学生寮でしたが、日吉キャンパスに隣接しているという場所柄、慶應大学の学生による利用が多く、大学だけでなく慶應高校の学生も利用してきました。

また、同館の開設間もない頃には、日本で初めてのビジネススクールといわれる慶應大学大学院の経営管理研究科(KBS、1962年創立)がワンフロアを借り切り、1972(昭和47)年まで3年間にわたって館内に教室や研究室、図書室などを置いていたとの記録もあります。

ただ、近年は慶應大学の学生が利用する割合は半分以下となり、利便性の良さから都心の専門学校や大学に通う学生や留学生が多く利用していたようです。

グーグルからの配信による広告

5.5~8畳の個室が920室、女性の入室は原則禁止

日吉台学生ハイツの紹介動画に移る部屋の様子。この動画は入居者の学生が協力して制作されたという

日吉台学生ハイツの紹介動画に映る部屋の様子。この動画は映像を学ぶ入居者の学生の協力で制作されたものだという

日吉台学生ハイツは「学生寮」ではあるものの、入口にフロントが置かれ、鍵の管理が行われるなど“男子学生向けホテル”といった雰囲気もあります。

1階にはロビーがあり、地下には入居者専用の食堂や売店、コインランドリー、大浴場、トレーニング室などが揃い、2階にはいつでも利用できる自習室も設けられています。また、館内では季節ごとに入居学生の懇親を目的としたイベントも行われていました。なお、男子学生専用のため、「母親以外の女性は入室禁止」というルールがあるとも言われています。

920室ある部屋は5.5~8畳ほどの個室となっており、ビジネスホテルのような雰囲気。室内にはベッドと机、クローゼット、洗面台が置かれ、トイレや簡単な調理場はフロアごとに共有する形です。月額の室料は部屋の広さによって3万4000円、3万8000円、4万2000円、5万5000円までの4タイプがありました。

日吉台の比較的標高が高い位置にある建物のため、高層階の部屋からは日吉の街や慶應大学のキャンパスも一望できます。

閉館後は未定、築年数を考えると取り壊しは不可避か

入口を入ってすぐにあるフロントには「閉館まであと30日」というカウントダウン表示が見える(2016年2月19日撮影)

入口を入ってすぐにあるフロントには「閉館まであと30日」というカウントダウン表示も見える(2016年2月19日撮影)

同館の外観も含め、1階のロビーや地下のレストランなどの施設は改修が行われているためか、あまり古さを感じさせませんが、築47年という建物ですので、近年は維持管理が大変だったとも言われています。

半世紀に近い歴史を経るなかで、所有者は幾度か変わっており、現在はこの土地を開発する目的で設立したと見られる「合同会社日吉プロパティーズ」という会社です。同社は伊藤忠商事が過半数を出資しています。両社から今後の活用法についての発表は行われていませんが、築年数から考えると建物の取り壊しは確実な情勢です。

これまでに日吉台学生ハイツを“卒業”した学生は1万人をゆうに超えるとみられ、半世紀近くにわたって日吉の街に馴染んできた建物でもありました。相鉄・東急直通線という新たな鉄道路線開業をにらんだ再開発が進む日吉で、街のランドマークがまた一つ消える日が近づいてきました。

【関連記事】

さよなら「日吉台学生ハイツ」、すべての学生が退去し47年間の歴史に幕(2016年3月21日)

2016年3月の閉館を予定する「日吉台学生ハイツ」、Webページを完全閉鎖(2015年9月23日)

日吉駅近くで大規模開発も、日吉台学生ハイツが来年3月に閉館へ(2015年7月26日)

【参考リンク】

東京・スチューデントハウス日吉台 閉館のお知らせ(伊藤忠アーバンコミュニティ、2014年11月2日発表)

「東京・スチューデントハウス日吉台」館内紹介動画・アニメーション編(YouTubeでの公開動画)


グーグルからの配信による広告

カテゴリ別記事一覧