「今も現役」で活躍中、芸能リポーター東海林のり子さんが4/26(金)日吉で初講演

横浜日吉新聞

全国的な活躍をする中、日々抱いていた想いとは――ワイドショー・情報番組が全盛期だった1970年代から1990年代にかけて全国でオンエアされるテレビ番組に連日登場、現在もラジオや司会・パーソナリティー、講演など「現役」で活躍している東海林(しょうじ)のり子さんを招いた、日吉で初となる講演会「サロン日吉 なかよし」が、今週(2019年)4月26日(金)13時30分から14時30分まで、日吉地区センター(日吉本町1)で開催されます。

元芸能・事件リポーターとして一世を風靡した東海林(しょうじ)のり子さんが日吉で初講演。「サロン日吉 なかよし」は、参加無料、事前予約不要(先着順)で参加できる(主催者提供)

元芸能・事件リポーターとして一世を風靡した東海林(しょうじ)のり子さんが日吉で初講演。「サロン日吉 なかよし」は、参加無料、事前予約不要(先着順)で参加できる(主催者提供)

これは日吉町自治会(日吉1~2丁目の大部分と日吉3~4丁目の全域)と日吉台町内会(駅前・浜銀通りから元住吉寄りの一帯)、常盤会自治会(日吉1丁目・下田町2丁目の一部、今回の企画幹事)の3自治会・町内会からなる「日吉町地区地域ケア委員会」が定期的に行うサロン・交流活動の一環で行われるものです。

フジテレビ系列の、「3時のあなた」「おはよう!ナイスデイ」といった、かつて放映された芸能関係の人気番組での、事件や事故現場からの迫真のレポート、またテレビ朝日系列の「ワイドスクランブル」のコメンテーターとしても“お茶の間”に親しまれた東海林さんは、元々はニッポン放送のアナウンサー

1971年に同局を退職、当時、夫の誠さん(故人)の会社関係でのゆかりがあった日吉に転居。子育てをしながら、フリーランスのリポーター・キャスターとして、芸能・事件現場の最前線を走ってきました。

「フリーとして、頼まれた仕事は断らないんです」と、今回の講演依頼についても快く応じたという東海林さん。

今回、現在も住まう日吉での初めての講演会でテーマとして取り上げたいこと、また日吉で日々感じてきたことなど、来月5月で85歳になるという東海林さんに、詳しく話を聞きました。

夫の会社ゆかりの日吉で初生活、「未舗装」だった日吉駅までの道

東海林さんが日吉にやってきたのは、第二次ベビーブーム(1971年~1974年の出生数が200万人を超えた時代)の真っ只中。「宅地造成が進み、(住むことになった家の)建築現場の記憶も残っています」と、懐かしい当時を振り返ります。

結婚・出産に伴い、日吉に転居してきた経緯を語る東海林のり子さん。「当時は、日吉駅までの道はまだ舗装されていなかったんですよ」と、懐かしい当時を振り返る(日吉のレストランで、2019年4月)

結婚・出産に伴い、日吉に転居してきた経緯を語る東海林のり子さん。「日吉駅までの道は、まだ舗装されていなかったんですよ」と、懐かしい当時を振り返る(日吉のレストランで、2019年4月)

日吉駅までの道のりは、まだ未舗装。「田んぼも多く、カエルも鳴いていました。足下も泥だらけになってしまうので、長靴を履くほどだったのですよ。高田町の畑も(今よりもずっと)広々と、子どもと一緒に虫などを探しに行ったことも思い出されます」と、その後、たちまち農地が減っていき、家々が建っていった風景も目に焼き付いているといいます。

当時、日吉駅前にあったという果物店や薬店の風景も懐かしく覚えているといい、「その頃は店も多くなくて。りんごやみかんが山盛りで売られていたんですよ」と、駅前の風景も今は一変、時代の変化を感じてきたとのこと。

フリーとはいえ、テレビの最前線で活躍する「キャリア・ウーマン」としての復職も平坦ではなく、「今でいうベビーシッター、当時の家政婦紹介所から、“おばあちゃん”世代の方が家に来てくれて、子どもを預けて働きに出ていました。子どもは、事件レポーターとしてもテレビに出ていたことから、“悪いことをしたらママに悪い”と感じていたようです」と、家事・育児で夫の理解や協力も得てのメディアでの活躍であったと明かします。

50代から60代は「バリバリ」頑張れる。“取材好き”だった日々

決して「便利」とは言えなかった日吉駅から青山一丁目駅へ電車で通い、当時フジテレビ本社があった東京・市ヶ谷(新宿区)まではタクシーで送迎されるほど忙しかったという日々。

芸能・事件リポーターを引退した1995年以降も、テレビやラジオ、キャスターや講演などの“現場”で活躍しつづけている(東海林のり子さん提供)

芸能・事件リポーターを引退した1995年以降も、テレビやラジオ、キャスターや講演などの“現場”で活躍しつづけている(東海林のり子さん提供)

当時を振り返り、「仕事をするなら50歳から60歳までの間。このくらいの時期が、とにかく走り抜けられるんです」と、“働く女性”としての歴史も振り返ります。

「取材が好きなんです」と東海林さん。しかし、今は、ネットで誰もが情報発信をできる時代。

当時は、通信社が配信する情報を第一報として、警察にも、事件・事故現場にもとにかく「飛び回った」という東海林さん。「北海道から戻ったと思ったら、生放送をオンエア。その後またどこかへ行ってほしい、という依頼まで。当時は若かった、エネルギーがあったんですね」と、まさに自分だけにしか報道できないものを伝えたい、という思いや使命感で、第一線を走っていたといいます。

大きな事件や事故ほど報道は横並びになりがち。「あの人には負けたくない、という思いもありました」と、どこまで深く取材するかにこだわっていたとのこと。

しかし悲しかろうことに、「テレビ(というもの)は、オンエアしたらおしまいなんです」と、取材したものの断片しか伝えられないもどかしさを感じ、また事件や事故の背景についても、自分自身の中に積み重ねてきた、その歩みを“確かなもの”として、今もずっと(心に)残しているといいます。

現場から学んだ「親子関係」の大切さ、子育てママたちを励ます日々

人間が生きていくには、「何より、親子関係が大切です」と東海林さんは、現場リポーターとして、時に生々しい取材を重ねてきた経験として、強くそう感じたと言い切ります。

若い人が集い、活気がある学生街・日吉が大好きだという東海林のり子さん。「学生や子どもたちの声が響く街であれば」とこれからも願っているという(2019年4月)

若い人が集い、活気がある学生街・日吉が大好きだという東海林のり子さん。「学生や子どもたちの声が響く街であれば」とこれからも願っているという(2019年4月)

特に“母親の愛情”は何にも増して大切なものと感じたといい、「(凶悪な)少年事件などでも、あの時、もし母親が、こうしてくれていれば、と思うことが幾度もありました」と、日ごろ、子どもたちに接する両親、とりわけ母親の存在が、事件・事故を最終的に防ぐ行動へとつながっていれば、との想いを強くしたといいます。

統計上では、凶悪犯罪は日本全国で減少傾向にあるものの、「まだまだ不幸な事件や事故が報道されるたび、“人間が冷たい”と感じてしまうんです。しかし、背景にあるはずの、人間の優しさは、決してなくなることはない。この街・日吉にも、優しさがいっぱい。心通う人が集い、街ができていると信じています。これからも、そんな街にしていきたい」との想いも語る東海林さん。

子育て世代に対しても、「若いお母さんたちが、安らかな表情の赤ちゃんを連れていると、つい褒(ほ)めてあげたくなるんです。だって、お母さんたちは孤軍奮闘しているでしょう。ベビーカーを押しているお子さんの表情を見て、つい“かわいいですね”とお母さんたちを励ましてしまうんです。お母さんたちが、その時“ほっ”とした表情を見せてくれると、本当にうれしくて」と、厳しい現場でのシーンを、誰よりも深く取材してきた東海林さんにしか言えない想いを、今の日吉近郊のママたちにも伝える日々だといいます。

同世代や働く女性たちへ伝えたい「人生やりたいことに邁進を」

今回の講演では、「おそらく同世代の方が多いでしょうから、より楽しい話をしたいですね。楽しく生きるには、健康であることが大切。私、健康オタクなんですよ」と笑顔で語る東海林さん。

日吉で最も好きなお気に入りの場所は「松の川緑道(遊歩道)」の桜並木。「プロ野球の読売巨人軍前監督で、慶應義塾大学卒の高橋由伸(よしのぶ)さんにも、『日吉でよくお会いしましたね』と言われたこともあります」と笑顔で語る(2019年3月撮影)

日吉で最も好きなお気に入りの場所は「松の川緑道(遊歩道)」の桜並木。「プロ野球の読売巨人軍前監督で、慶應義塾大学卒の高橋由伸(よしのぶ)さんにも、『日吉でよくお会いしましたね』と言われたこともあります」と笑顔で語る(2019年3月撮影)

同世代の人々に対しては、「やりたいことを公言するといいかもしれません。インターネット番組で、“講談をやりたい”と公言し、講談師の神田陽子さんの、西洋を題材とした珍しい講談『椿姫』を見せてもらい、刺激をもらうこともできました。理由はなくてもいいので、またやらなくてはいけなくなるので、ぜひまずは(できると)思い込み、チャレンジしてもらえたら」と、自身公言した「講談」にもチャレンジしていきたいとの計画について語ります。

また、健康の秘訣(ひけつ)については、「まず昼寝、ウォーキング、そして足湯(身体をあたためる)ですね。免疫学で著名な安保(あぼ)徹先生(故人)からも、“人間には自然治癒力がある”と教わったこともあり、まずは笑顔で、楽しく生きていけたらと思っています」と、日々楽しく感じ生きること、つまらないようなことでも、笑顔でいられるような生き方こそが大切と感じるとのこと。

働く女性については、「自分のやりたいことに挑戦してみてください。一人で無理だったら、友だちやグループで。3人から5人くらいがいいかしら」と、自身、好きな仕事に挑戦していたとはいえ、“営業する人はいなかった”ため、フリーランスの使命としての責務を日々果たしてきたと、女性やフリーの立場の人々が成功するためのポイントについても、熱く実体験を交え説明します。

今もネット番組の収録などで定期的に東京都内に通う東海林のり子さん。「サロン日吉 なかよし」当日は、これまで過ごした日吉での日々や仕事への想いなど“楽しく”語る予定(2019年4月)

今もネット番組の収録などで定期的に東京都内に通う東海林のり子さん。「サロン日吉 なかよし」当日は、これまで過ごした日吉での日々や仕事への想いなど“楽しく”語る予定(2019年4月)

やっていることを、楽しくやる。いつもニコニコするのは、とても大変です。しかし、私自身、自分の人生に勢いがついて、“エンジン”がかかっていた状態だったように思います」と、好きなこと、そして“想い”あってこその仕事を、“笑顔”で、そして“楽しく”成し遂げてもらいたいとのこと。

多く招かれるという学校関係での講演会でも、学生たちに「人生に、絶体絶命はない」(人生に絶対的な窮地はない)と語っているという東海林さん。

今は亡き夫、そして大切な家族と、まさに半生を歩んできた日吉の街で、新たに出会う地域の人々に向け、この街で過ごした日々、そして活躍した仕事の世界で感じたことを、大いに披露する予定です。

なお、今回の講演会「サロン日吉 なかよし」は参加無料。事前予約は不要です。

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【参考リンク】

サロン日吉「なかよし」4月のご案内(日吉町自治会のサイト)[PDFファイル]

東海林のり子公式ツイッター *近況報告や出演番組の紹介など


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