横浜日吉新聞は3年目、「地域との接点を見つけるために役立つ情報」を追い続けた2年間

横浜日吉新聞

2年前の2015年7月18日に創刊した「横浜日吉新聞」は3年目に入り、記事の数はこれで2001本目です。“日吉都民”の情報インフラになりたい――との思いから始めたこの地域インターネット新聞も予想外に多くの方に読まれるようになりました。感謝を申し上げるとともに、この機会にあらためて個人的な原点を振り返らせていただきます。

このマーク、子どもも読めるから、という単純な理由で3分くらいで作りました

地域の情報インフラの必要性は、私(筆者西村)自身がもっとも感じていました。平日は朝8時くらいの目黒線(時には東横線)で都内千代田区へ行った後は、夜遅くまで帰って来ない――という典型的な“日吉都民”。地域との接点と言えば、日吉東急アベニューとスーパーながえ、駅前のコンビニ(特に深夜帰宅時に役立ちました)、今はなきアピタ日吉店や綱島温泉「東京園」(新綱島駅の建設により閉店させられた温泉銭湯)、周辺で唯一のホームセンター「島忠ホームズ」(高田西)、あとは子供が通っていた保育園くらい。

妻の実家があったためにやってきた街ゆえ、日吉駅前の中央通りも普通部通りも浜銀通りもよく理解しておらず、たとえば「普通部通りの○○」とか言われるより、「駅から遠い方のセブンイレブンの近く」(日吉には駅に近い中央通りと、駅から少し離れた普通部通りの2店あります)と説明されればなんとかぼんやり分かるレベル。寝に帰るだけの地元に興味はなく、日々通い出歩く都内中心部の知識ばかりを増やしていました

日吉駅で目黒線(特に急行)に座れるか否かは「日吉都民」「綱島都民」「高田都民」にとって朝の重大ミッション

日吉に住んで5~6年間はそんな状態だったのですが、子どもが大きくなるにつれ、地域と関わらなければならないことも少しずつ増えてきます。休日に子の面倒を見ていると「“ケイヨウ公園”に行きたい」と突然言い出しました。一体どこ?と聞いてみると、いつも保育園で散歩に行っているという「慶應大学日吉キャンパス」とのことで初めて行ってその広さに驚いたり、子どもが病気になって病院に連れていけば、数少ない小児科医や耳鼻科は異常に混んでいて危機感を感じたり、スーパーやコンビニ以外の接点も少しずつできてきました。

そして2年前の今日。子どもを「盆踊り」へでも連れて行こうと思ったら情報が一切なく、インターネットで検索してもまったく出てきません。「なんて不便なんだ。自分用に地域情報収集サイトが欲しい」と感じ、その夜のうちにインターネット上で提供されている無料のシステムを使って作ったのがこの横浜日吉新聞です。

2015年9月5日まではこんな形のサイトでした

実際には、盆踊りの情報は回覧板で我が家にも回ってきており、さらには駅までの道路上にある町内会・自治会掲示板にもポスターが幾つも貼ってあったので、「情報がない」というのはまったくの濡れ衣なのですが、少なくとも日吉都民として生活しているなかでは出会えなかったのです。

昼間は都内にいても地元のことは最低限知れるように」と“情報収集ブログ”のような軽い気持ちで運営を始めた横浜日吉新聞でしたが、インターネットでは、公開した情報に対して瞬時に結果が現われます。たとえば、書いた記事が「3人にしか読まれていない」といった現実を突きつけられると、次第に「数多く読まれるものを作ってやる」と半ば意地になってきて、読まれそうな情報を厳選して発信してきたのも事実です。

一方、自分自身がそうであるように、地域と関わりが薄い人が、地域との接点を持つためにはどんな情報が必要なのか、という点は常に考えてきました。平日昼間は忙しくて地域に目を向ける時間がなかったり、あるいは地域と関わるきっかけがつかめなかったりする人が、少しでも地域と関わりを持ちたい(または助けが欲しい)、と思った時に役に立つ内容であることを第一に考えており、これは今も変わりません。

3カ月ほど運営するうちに、嬉しいことに自らと同じように都内へ通う人たちを中心に読まれ始めました。また、慶應大学の学生や関係者による閲覧が多かったのも勇気づけられました。その後、あまりに広範囲に広がり始めたため、やめるにやめられなくなり、さらに次から次へと伝えるべき出来事が現われ、慌ただしく対応しているうちに2年が過ぎました。

この間に読まれた数を見ると、「地域に関心を持ってもらう」という点については、横浜日吉新聞は少しばかりは寄与できているのかもしれません。ただ、読者である10~11万ほどの人が、日吉や綱島や高田の地域と接点を見つけるために役立つ情報とはどんなものなのか、こちらはまだぼんやりとしか見えていません。

地域との接点を見つけるために役立つ横浜日吉新聞――。原点に立ち戻った目標を掲げながら、3年目も情報を発信してまいります。これからもご愛読のほど、宜しくお願い申し上げます。(西村)

2017年7月18日

一般社団法人 地域インターネット新聞社 
横浜日吉新聞編集部

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