【コラム】選挙が始まった当初、こんな結果が予測できたでしょうか。きのう(2021年)8月22日(日)に投開票が行われた「横浜市長選」。これまで候補者紹介記事などを書いてきた港北区在住のライター・田山勇一氏が18区ごとの得票率に視点を置きながら選挙結果を分析しました。
投票箱のフタを開ける前に決まった
政治業界の人々は、候補者や選挙スタッフへの戒(いまし)めなのか、「選挙は(投票箱の)フタを開けるまで分からない」とよく言っているが、今回の横浜市長選挙は投票箱のフタを開けるまでもなく結果が決まってしまった。
各投票所での投票が締め切られた20時と同時にNHKなどのメディア各社が出口調査や事前取材をもとに、横浜市立大学の前教授で立憲民主党が中心となって擁立した山中竹春氏の「当選確実」を報じている。
その5時間半後、実際に選挙管理委員会が集計した8人の得票結果は次の通りだった。
市長選の得票結果(投票率49.05%)
- 506,392:山中竹春氏(48)前横浜市立大学医学部教授【当】
- 325,947:小此木八郎氏(56)前国務大臣
- 196,926:林文子氏(75)横浜市長
- 194,713:田中康夫氏(65)作家、元長野県知事
- 162,206:松沢成文氏(63)前参院議員、元神奈川県知事
- 62,455:福田峰之氏(57)元内閣府副大臣
- 39,802:太田正孝氏(75)前横浜市議
- 19,113:坪倉良和氏(70)水産仲卸業会長
- 14,642:無効投票
有力な候補者が相次いで立候補を表明したことで、一時は当選に最低限必要な25%以上の得票(有効投票総数の4分の1以上)が得られず、再選挙になるかもしれないとの見方も出ていたが、結果は山中氏が33.59%の得票を得て当選している。
一方、港北区だけで見た得票結果は次の通りだった。
港北区のみの得票結果(投票率49.38%)
- 47,892:山中竹春氏(48)前横浜市立大学医学部教授
- 28,074:小此木八郎氏(56)前国務大臣
- 20,883:田中康夫氏(65)作家、元長野県知事
- 17,743:林文子氏(75)横浜市長
- 15,439:松沢成文氏(63)前参院議員、元神奈川県知事
- 6,949:福田峰之氏(57)元内閣府副大臣
- 3,156:太田正孝氏(75)前横浜市議
- 1,961:坪倉良和氏(70)水産仲卸業会長
- 1,382:無効投票
市内全体では3位だった林文子氏が4位に落ち、田中康夫氏が3位となっていることや、小此木(おこのぎ)八郎氏の得票率が市内全体の得票率(21.6%)と比べ、19.8%とやや低い結果となっていた点は港北区ならではの特徴といえる。
投票率は市内全体(49.05%)と比べ、49.38%とやや高くなっていた。(投票率に関する記事はこちら)
栄・青葉・金沢で強かった山中氏
今回の選挙結果の背景解説や分析はこれから多くのメディアで行われるはずだが(選挙関係者の責任追及も……)、現時点では、各候補者の得票数を18区ごとに見ていくことで特徴の一端を見ることができる。
当選した山中氏は、立憲民主党が全面的に支え、日本共産党なども後方から支援する、いわゆる“野党候補”として、反「IR(カジノを含んだ統合型リゾート)」票や政権批判票などを取り込んで勝利した。
区ごとに見ると、栄区(37.2%)(※カッコ内は各区での得票率)や青葉区(36.9%)、金沢区(36.5%)、旭区(35.4%)、緑区(34.9%)などでの得票率が高く、逆に小此木氏の国会議員時代の地盤(神奈川3区=鶴見区・神奈川区)である鶴見区(29.9%)では18区で唯一逆転を許し、神奈川区(30.8%)でも大きく票は伸ばせていない。
また、林氏の得票が多かった中区(30.1%)や西区(30.8%)、南区(31.3%)では、他の区と比べ得票率が低かった。
小此木氏は鶴見・神奈川で善戦も
神奈川県内から選出されている多くの自民党議員が支持し、公明党も支援した小此木氏は、1位となった鶴見区(31.3%)をはじめ、神奈川区(28.5%)や南区(24.1%)、港南区(22.7%)、西区(22.0%)など、自身の旧選挙区と、隣の菅義偉首相の選挙区(神奈川2区=西区・南区・港南区)での得票率が比較的高かった。
一方、市内から東京都内へ通勤する“横浜都民”の多い青葉区(16.1%)や都筑区(18.5%)、港北区(19.8%)で苦戦し、人口増加中の戸塚区(19.5%)でも伸び悩んだ。山中氏の得票率が18区トップだった栄区(19.4%)でも苦しんでいる。
林氏は“横浜都民”から支持得られず
現職の林氏は、政治家では自民党市議6人のみが支持を表明し、市内の経済団体も支援していると言われていたが、選挙現場は6人の市議が担当し、これらの団体が表に出てくることはなかった。
林氏は、中区(17.2%)や西区(15.2%)、南区(14.9%)といった市中心部と、林氏支持に回った市議のいる港南区(13.9%)と泉区(13.9%)の得票率は高かったが、“横浜都民”の多い北部エリアで軒並み苦戦。
小此木氏の地盤である鶴見区(10.9%)と神奈川区(11.9%)をはじめ、青葉区(11.1%)、緑区(11.9%)、港北区(12.5%)、都筑区(12.9%)での得票率が低く、これらの区では田中康夫氏に抜かれて順位が4位に落ち、青葉区では松沢成文(しげふみ)氏にも抜かれて5位に沈んだ。
田中氏は港北・都筑・青葉で高い支持
林氏に代わり、市内北部で支持を集めたのが田中氏で、港北区(14.7%)や都筑区(14.3%)、青葉区(14.3%)と今回投票率が上がっている“旧港北区エリア”で得票を伸ばし、市中心部の西区(14.2%)と中区(14.1%)でも得票率が高かった。
港北、都筑、青葉、緑、神奈川、鶴見の北部6区と、米軍施設跡への“レスキュー拠点整備”を公約に掲げた瀬谷区(14.0%)では林氏を抜いて3位となっている。
勢い欠いた松沢氏、福田氏は広がらず
松沢氏は戸塚区(12.8%)や泉区(12.4%)、青葉区(12.3%)、栄区(12.0%)で得票率が高く、青葉区と栄区では4位に食い込んだが、小此木氏の地盤である神奈川区(8.5%)と鶴見区(8.5%)、林氏の得票が多かった中区(8.5%)や西区(9.1%)で苦戦するなど勢いが見られなかった。
福田峰之氏は、衆院議員時代に地盤としていた青葉区(6.5%)と緑区(5.6%)で得票率が高く、同氏の主張する急進的なIT化に賛同しそうな若い層が目立つ都筑区(5.0%)や西区(4.9%)、港北区(4.9%)で善戦したが、広がりに欠いた。
太田正孝氏は市議時代の地盤である磯子区(8.9%)では6位に食い込み、隣接する南区(3.1%)でも得票率が高かった。
坪倉良和氏は、本拠地である神奈川区(1.7%)をはじめ、海のある中区(1.6%)と西区(1.5%)で自身の全体得票率(1.3%)を超えている。
候補者「紹介記事」と選挙の関係性
選挙選が終盤に差し掛かろうとしていた先週8月17日、「<横浜市長選>実は名前程度しか分からない? 候補者8人の徹底研究を試みる」と題して、「横浜日吉新聞」と「新横浜新聞~しんよこ新聞」で8人の候補者をそれぞれ(勝手に)紹介した。
今回も多くの方にお読みいただいたので、参考までに記事公開日から投票日8月22日(日)の20時過ぎまでに読まれた数(閲覧数)をお知らせしたい。
(参考)候補者8人を紹介した記事の閲覧数
(※)数値は「横浜日吉新聞」「新横浜新聞~しんよこ新聞」を合わせたページビュー(PV)数
- 学術界から政治へ、背負った期待(山中氏):7,982
- あの”ヤッシー”が描いた横浜改革(田中氏):7,236
- 覚悟の出馬、素直な思い伝わるか(小此木氏):6,926
- あふれる対決姿勢とバイタリティ(太田氏):6,582
- 元知事が鋭く分析、横浜の処方箋(松沢氏):6,225
- 元副大臣が挑む”ヨコハマIT革命”(福田氏):5,682
- 市場の熱き男、お金かけぬ選挙戦(坪倉氏):5,096
- 12年間の最終決戦、実現への意地(林氏):4,770
1位の山中氏は実際の選挙と同じ順位で、小此木氏の記事も関心が高かったが、特に田中氏と太田氏の記事がよく読まれ、林氏の記事はなぜか人気が低かった。
筆者の書いた内容が面白くなかったり、編集部が付けた見出しの巧拙もあったり、さらには港北区の「狭域メディア」に掲載されていることもあって、実際の選挙と比較できるものではないが、北部エリアにおける田中氏の人気や、林氏の北部エリアでの苦戦ぶりがここでも現れていた。
太田氏については、港北区などでの得票率が高かったわけではないので、単に興味を持つ人が多かったのかもしれない。松沢氏と福田氏は記事閲覧の順位と選挙結果が同じ位置だった。
地域の現実や課題と向き合う時
6月下旬、国政の有力政党と関りが深い山中氏や小此木氏らが立候補を決意してから2カ月(太田氏らはもっと前から立候補を表明していた)、田中氏や松沢氏といった知事経験者、さらには現職の林氏も交えた8人の戦いの結末がこのような形になるとは想像ができなかった。
当初は「IR」が一大争点になっていた選挙も、新型コロナウイルスの感染状況のさらなる悪化と緊急事態宣言の発出を経て、政府への批判とやり場のない怒りが首都圏最大の地方自治体で行ういち地方選挙に波及し、山中氏の大差による当選と小此木氏の苦戦、現職である林氏の埋没など、当初は想定できなかったような結果として現れることになった。
また、田中氏や松沢氏、福田氏ら政党の支援を受けない国政・知事経験者に加え、地元で一定の知名度を持つ太田氏や坪倉氏が参戦したことで投票選択の幅が広がった結果、50%近くまで投票率を押し上げることにつながったといえる。
新型コロナ禍にもかかわらず、行わざるを得なかった4年に1回の“横浜政治イベント”はこれで終わった。市民の日常とは乖離し、全国系メディアを騒がせるだけの存在になってしまった「IR」や「新たな劇場建設」といった議論はそろそろ止めて、市長も横浜市会(市議会)も真剣に地域の現実や課題と向き合う時である。(田山勇一)
(※)この記事は「新横浜新聞~しんよこ新聞」「横浜日吉新聞」の共通記事です
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【参考リンク】
・横浜市長選挙(令和3年8月22日執行)(投開票速報)