日吉が生んだ横綱「武蔵山」、没後半世紀で3/10(日)に平井誠二さんが講演

横浜日吉新聞

戦前の日吉で生まれ、大相撲の頂点まで上り詰めた武蔵山の軌跡をたどる講演会「第33代横綱 武蔵山~日吉の孝行息子」が今月(2019年3月)10日(日)午後に港北図書館(菊名駅徒歩約7分)で開かれます。没後から半世紀を経て、地域との関わりを中心にさまざまなエピソードが紹介される予定です。

3月10日(日)に行われる講演会「第33代横綱 武蔵山~日吉の孝行息子」のチラシ(港北図書館のサイトより)

後に横綱の武蔵山となる横山武さんは、日吉本町2丁目(当時は日吉村駒林)にある「金蔵寺」至近で1909(明治42)年に誕生。16歳で出羽ノ海部屋に入門し、1931年(昭和6)年に21歳5カ月で初優勝を果たします。翌年には一気に大関まで昇進し、1935(昭和10)年に第35代の横綱に上り詰めました。

ただ、横綱昇進後は古傷の悪化などもあって休場が多く、4年ほどつとめた1939(昭和14)年に29歳5カ月の若さで引退に追い込まれてしまったことから、“悲運の横綱”とも言われています。

また、戦後は親方などとして相撲協会に残ることもなく、1969(昭和44)年3月15日に59歳の若さで亡くなり、生まれ故郷である金蔵寺で葬られたといいます。神奈川県出身の横綱は武蔵山以外に現在まで誕生していません。

今回の講演には、20年近くにわたって「シリーズわがまち港北」(港北区発行の情報紙「楽・遊・学」)などの連載を通じ、港北区の歴史を伝えてきた大倉精神文化研究所所長の平井誠二さんが登壇。

横綱昇進後の日吉凱旋では、日吉駅や出身である日吉台小学校(当時は尋常駒林小学校)が大騒ぎになったことや、日吉村(当時)が横浜へ行くか川崎に入るかで分裂していた村の紛争を“一時休戦”してまで綱島温泉で大々的な祝賀会が行われたことなどのエピソードも紹介される予定で、地域視点からの横綱像を知る手がかりとなりそうです。

港北図書館内では3月8日(金)から24日(日)まで、展示会「第33代横綱 武蔵山展~日吉から大相撲の頂点へ」も行われる(港北図書館のサイトより)

講演会は今月10日(日)の14時30分から16時までで定員は50人。入場は無料ですが、会場の港北図書館(045-421-1211)へ事前申し込みが必要です。

なお、港北図書館内では今月8日(金)から24日(日)まで、展示会「第33代横綱 武蔵山展~日吉から大相撲の頂点へ」(入場無料、3月18日は休館)も開催されます。

【関連記事】

<コラム>自らの利益のため「日吉村」を引き裂いた大都市横浜と川崎の罪(2016年1月3日、武蔵山が横綱になった頃の分裂騒動について)

<横浜アリーナ>18年ぶりに「大相撲巡業」が復活、2019年4月に“アリーナ場所”(新横浜新聞~しんよこ新聞、2018年10月31日、横浜アリーナ30周年で巡業を誘致)

【参考リンク】

港北図書館の公式サイト(下部に講演会と展示会の情報)

悲劇の横綱 武蔵山(シリーズわがまち港北 第36回、平井誠二さんの連載)


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