今はなき“田んぼ”の歴史を伝承、下田小の「稲刈り体験」支える地域グループの思い | 横浜日吉新聞

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下田小学校の5年生が稲刈りに挑戦!児童を待つ水田と、松の川遊歩道(緑道)の会のメンバー(下田町4丁目・鳥の広場にて)

下田小学校の5年生が稲刈りに挑戦!児童を待つ水田と、松の川遊歩道(緑道)の会のメンバー(下田町4丁目・鳥の広場にて)

「この下田のあたりも、かつては水田だったのを知っていますか」――新吉田新田高田、(北・南)山田、そしてこの下田と、「田」が付いた地名は、かつての水田地帯の名残であるとみられています。

2016年10月14日の午前、横浜市立下田小学校(下田町4)の5年生児童(在籍114名)が、総合的な学習の時間で、恒例となっている「稲刈り体験」を、学校に隣接する鳥の広場(下田町4)にて行いました。

この「稲刈り体験」は、今年2016年6月6日に、同じ総合的な学習の時間内に植えられた稲の穂を刈り取るもの。社会科の学習に関連させての“米を作る”体験学習の一環として実施されました。

小学校から、5年生たちがやってきます(右手が下田小学校、左手が下田町4丁目公園)

小学校から、5年生たちがやってきます(右手が下田小学校、左手が下田町4丁目公園)

稲を植えた後も、水田の管理を行うなど、今回の「稲刈り体験」を全面的にバックアップしているのが、近隣で自然保護活動を行っていることで知られる、市民ボランティア団体「松の川遊歩道(緑道)の会」のメンバーたちです。

そもそものきっかけは、かつての“農業用路”だっという松の川遊歩道(=松の川緑道。日吉本町1から下田町を経て高田町に至る約2キロの遊歩道)沿いに整備された鳥の広場の横の空きスペースに、目の前の下田町4丁目公園の利用者かわからない人々が、「多く駐車場として無断使用していた」(同会)ことから、これを問題視し、かつ「これまでの“田んぼ”が多かったこの地の歴史を子どもたちに伝えよう」と、巨大プランターを使用した水田を同会メンバーがつくったことがはじまりでした。

この水田の裏手付近にも、宅地開発化される前の昭和30年代までは「田んぼ」が広がっていたという。再右が松の川遊歩道(緑道)の会・代表の田邊美紗代さん

この水田の裏手付近にも、宅地開発化される前の昭和30年代までは「田んぼ」が広がっていたという。再右が松の川遊歩道(緑道)の会・代表の田邊美紗代さん

初めは、松の川緑道まつり(毎年5月に開催)に来訪する子どもたちにと稲の苗植えも実施していたとのことですが、「継続して子どもたちに稲の成長や収獲を感じてもらえたら」と同会が下田小学校に話をもちかけ、総合的な学習の時間での「米作り」が実現したといいます。

この日は、同会メンバー6人が朝8時過ぎから稲の刈り取りの準備作業を行い、9時過ぎから順次、クラス毎に先生・児童らが現場に到着し作業を行いました。

稲刈りに先立ち、同会代表で、同小学校のPTA活動にも長年携わってきた田邊(たなべ)美紗代さんが挨拶と学習のねらいを説明。田邊さんの夫で、下田町生まれの彫刻家・田邊(田辺)光彰(みつあき)さん(2015年没)が、が30年にわたり「農」、特に稲の原種である野生稲の自生地保全プロジェクトを制作のモチーフに据え活動してきたことから、光彰さんが遺した文章をまずは読み上げます。

慶應ラグビー部グラウンド近くにある松の川緑道のシンボル・彫刻「爬虫類」ヤモリの像。「この道が、にんげんだけでなく、虫も鳥も、わしたち『爬虫類』も仲良く暮らせるような、楽しい草むらのある道になればと願っているんだ」との思いで設置された(2004年田辺光彰作)

慶應ラグビー部グラウンド近くにある松の川緑道のシンボル・彫刻「爬虫類」ヤモリの像。「この道が、にんげんだけでなく、虫も鳥も、わしたち『爬虫類』も仲良く暮らせるような、楽しい草むらのある道になればと願っているんだ」との思いで設置された(2004年田辺光彰作)

――遠い昔に、お米は熱帯の国から伝わって来たこと、原種は今かろうじて中国、インド、タイ、カンボジアなどに自生して絶滅の危機に遭遇していること。又この原種はオーストラリアにも自生していること、そして、ここ下田町にも「下田」というように多くの田んぼがあったこと。

現在の松の川緑道が「清流」だった昭和30年代まで、「清い水を田んぼに入れて」お米を作っていたといいます。

また、現在の慶應義塾大学のグラウンドも田んぼだったとのことで、「一粒の米はしゅみせん(須弥山=仏教で、世界の中心にそびえる山の意味)の如く重し」と言われているように、数千年に渡って人々の生命を支えてきたこと、また、「精神とは、“青い米の中に神が宿る”という意味」と、お米が人類を支えてきたこと、その「精神」の大切さについても、田邊さんは生徒たちに語りかけます。

山形県出身の高島督(すすむ)さんが分かりやすく稲を刈り取る秘訣(ひけつ)を伝授。春から真夏、そしてこの秋にかけて、この小さな水田の管理をずっと行ってきた

山形県出身の高島督(すすむ)さんが分かりやすく稲を刈り取る秘訣(ひけつ)を伝授。春から真夏、そしてこの秋にかけて、この小さな水田の管理をずっと行ってきた

その後、水田の管理を行ってきた高島督(すすむ)さんが、稲を刈り取る鎌(かま)の持ち方、稲の刈り方を指導。一人ひとりが、鎌を手に取り、稲の感触を確かめながら、刈り取り体験を行いました。

一部、浜松、新潟など、稲作体験や刈り取り経験がある児童もいたものの、ほとんどが今回の稲刈り体験は初めて。「思ったより、力が要った」「楽に刈り取れた」など、感想を述べ合い、自分で刈り取った稲の感触を確かめていました。

この“課外授業”が行われた「総合的な学習の時間」は、1998(平成 10)に国の学習指導要領が改訂されたことにより創設された授業時間で、「身の回りにある様々な問題状況について、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決していく」ために、「児童は地域に出かけたり、様々な体験活動を行ったり、多くの人と出会ったりして学んでいく」(文部科学省)時間とされています。

「円を描くように」と、高島さんが、児童一人ひとりに稲の刈り取り方を指導

「円を描くように」と、高島さんが、児童一人ひとりに稲の刈り取り方を指導

下田小学校では、特に近隣の下田地域ケアプラザや老人福祉施設、敬老会などと協力し、「福祉」を学ぶ機会が多く作っているとのことですが、松の川緑道付近での自然体験については「低学年のまち探検以来となるので、とても貴重な機会です」(金森孝子校長)と、地域のバックアップにより今回の稲刈りが実現していることの重要性を強調します。

刈り取りの後、稲は鳥の広場に一斉に干され、10日後には脱穀(だっこく)・精米される予定。同会の高島さんは出来る限り、この取り組みを続けていきたいと、この稲の刈り取り体験継続への意気込みを語ってくれました。

「もし、食べ物に困る時代がまた来るとしても、一度でも稲を植え、刈り取る体験をしていれば、“お米を作ろう”と、農作物を作ろうという気持ち、“生きる”勇気を持ってくれるはず」と、同会会長の田邊美紗代さん。

刈り取った稲は10日ほど天日に晒(さら)し、脱穀・精米される予定。左奥は・鳥の広場のシンボルとなっている彫刻・THE BIRD-野生動物「日吉」(1996年・田辺光彰作)

刈り取った稲は10日ほど天日に晒(さら)し、脱穀・精米される予定。左奥は・鳥の広場のシンボルとなっている彫刻・THE BIRD-野生動物「日吉」(1996年・田辺光彰作)

かつて「田んぼだらけだった」下田の歴史を、学校と地域の支えにより、子どもたちが自ら体験し、自ら感じる試みは、これから先が見えにくい現代社会を生き抜く「力」を学べる貴重な機会として、地域内外からもますます注目されていきそうです。

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恒例の「松の川緑道まつり」は5/14(土)午前中、下田小近くの広場で(2016年5月4日)

【参考リンク】

横浜市立下田小学校ホームページ

田辺光彰美術館 – 日吉の森庭園美術館(彫刻家・田辺光彰氏の経歴など)

総合的な学習の時間(文部科学省ホームページ)


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