日吉台西中の校歌でも歌う「森戸が原」、良好な住環境を守り続けた住民の思い

横浜日吉新聞

緑が豊かなで閑静な日吉や綱島や高田の住宅地。良好な環境を気に入って家と土地を買ったのに、隣にマンションが建ち、田畑と空地はアパートやコインパーキングに変わり、何年かで街の様相も住人も一変。住宅街としての価値がすっかり下がってしまった――。

良好な住環境を守りための手段として「建築協定」がある(横浜市「いちからつくる建築協定」より)

良好な住環境を守りための手段として「建築協定」がある(横浜市「いちからつくる建築協定」より)

都心に比較的近く、住宅需要の高い日吉・綱島・高田の街では、そんなケースは少なくありません。そこで、住民が周辺の住環境を守るために活用できるのが独自の「建築協定」を作り、まちのルールを自主的に決める取り組みです。

2016年9月現在、港北区内には、横浜市が認める建築協定を結んでいるエリアが13地区あり、このうち以下の8カ所が日吉本町から高田周辺に集中しています。

■ 日吉・高田の建築協定地区(8カ所)

・南日吉団地地区(日吉本町4)

・興人日吉住宅地(日吉本町5など)

・森戸原住宅地区建築協定(日吉本町5など)

・藤和フレッシュタウン日吉建築協定(日吉本町6)

・日吉台住宅建築協定(高田町)

・日吉台桜ヶ丘分譲地(高田町)

・ネクサス高田建築協定(高田西4)

・西原住宅地区建築協定(高田西5)

これら8つのエリアでは、各地域で望ましい建物の建て方やデザイン、高さ、土地の利用方法がルール化されています。所有者が変わって土地が売りに出されたとしても、隣に突如マンションが建ったり、街並みにそぐわない建物が現れることを防ぎ、住宅街としての環境が変わることがないよう住民が自主的に住環境の維持に取り組んでいるのです。

その一つが日吉本町5丁目と6丁目にまたがり、高田東2丁目のごく一部を含む「森戸原(もりどがはら)地区」です。どのような取り組みを行っているのでしょうか。

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日吉台西中の周辺に住む約200世帯が協定

日吉や高田の住所から森戸原(もりどがはら)の名が消えた今となっては、すぐに場所が思い浮かぶ人は、付近に住む人か横浜市立日吉台西中学校(日吉本町5)の在校生や卒業生くらいかもしれません。同中校歌の歌詞に「森戸が原の朝やけに・・・」と残されているように、周辺はかつて森戸原と呼ばれる畑と雑木林の森でした。

校歌の歌詞に「森戸が原の朝やけに・・・」と出てくる日吉台西中学校はまさに森戸原(もりどがはら)にある

校歌の歌詞に「森戸が原の朝やけに・・・」と出てくる日吉台西中学校は、まさに森戸原(もりどがはら)に建っている

そんな未開拓の森を周囲の土地所有者90名が協力し、1973(昭和48)年から切り拓いて住宅地の造成を開始。1977(昭和52)年に完成したのが現在の森戸原住宅地区です。その際、地元から提供された土地に建てられたのが同年創立の日吉台西中だったといいます。

森戸原住宅地区では、同中学校周辺に住む約200世帯が建築協定を結んでおり、

一戸建て専用住宅(アパートやマンションなど共同住宅は禁止)とし、地階を除き2階建て以下(造成時の地盤面から高さ9メートル以下)とする

・土地を分割する際は180平方メートル以上とする

・診療所を除き店舗などの商業施設は建設禁止

・区域内には広告やそれに類するものを設けない

といった自主ルールを設けることで、現在にいたるまで閑静な一戸建て住宅地としての環境を守っています。

住民組織の弱体化で不動産業者がルール無視

建築協定運営委員会で委員長をつとめる浅場隆一さん

建築協定運営委員会で委員長をつとめる浅場隆一さん、後方は森戸原の造成記念碑

「しかし、森戸原住宅地区にも危機はありました」と振り返るのは、建築協定運営委員会で委員長をつとめる浅場隆一さん。森戸原に住宅が分譲された初期から住み続ける数少ない住民の一人です。

環境変化の兆しが見えてきたのは2010年ごろ。横浜市営地下鉄のグリーンラインが開業し、近くの日吉本町5丁目に日吉本町駅が設けられたことで森戸原は住宅地としての価値がさらに上昇。その前後から不動産業者から注目を浴びることになります。

「ちょうどその頃、地区の建築協定を守る運営委員会を担ってきた方が亡くなられ、委員会は休眠状態になっていました」。

住民組織が機能していないことを見透かすように、不動産業者が森戸原の一部土地を購入。利益率を上げるために、土地を分割して一戸建ての分譲を始める動きを見せるようになったといいます。

森戸原住宅地区内は車がほとんど通らないが立派な道路が整備されている

森戸原住宅地区内は住民以外の車はほとんど通らないが立派な道路が整備されている

「森戸原では、土地を分割する場合は1つの区画が180平方メートル以上でなければならないと決めています。ある程度の敷地がないと、家に庭を設けることが難しくなるため、街の緑化率が下がったり、家々が密集して窮屈な住宅街となるからです」。

しかし、協定に違反していたとしても、あくまでも住民の自主的なルール。住民組織である運営委員会が機能していないと協定順守を指導することができず、建築基準法などの法律さえ守っていれば横浜市から建築許可が出てしまう状態になっていました。

協定崩壊の危機に住民が立ち上がり再起動

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ルール破りを抑止するためにも協定があることを看板で告知している

そうした状況であることを横浜市から知らされ、危機感を覚えて2010年11月に立ち上がったのが浅場さんをはじめとした住民です。このまま建築協定を存続させるか否かも含め、意見交換会や作業部会を設けて何度も話し合い、翌2011年には運営委員会を再度発足させることに成功します。

現在は11人の住民代表者で委員会を組織し、頻繁に街を歩いて家を手放す人がいないかを確認したり、手放された土地がどのように使われるのかを見届けたり、不動産業者や新たな住民に協定を順守してもらうなどの活動を積極的に展開中です。

運営委員会が発足したことで、委員会の承認を得ない建築物は横浜市が許可を出せない流れとなり、ルールを無視した住宅開発を抑止できるように戻ったといいます。横浜市における住民の自主的なまちづくりが成功している好事例として、他の街にアドバイスする機会も増えました。

住環境を守ったことで子育て世代を呼び込む

一方で建築協定のルールがあることで、エリア内にコンビニエンスストアのような店舗はおろか、“広告”であるとみなされる自動販売機さえも設置できません。また、森戸原より厳しい基準を設けている協定を持つ地区では、現在では“豪邸”と言えるような広さを持つ土地であっても分割販売ができないために、買い手が付きづらいケースも見られます。

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森のような公園があるなど森戸原周辺には緑が多い

それでも住環境が乱される可能性が低いことに魅力を感じる人は多く、家族4人で森戸原地区に家を購入した30代の男性は「もし、協定が存在していなければここに家を買わなかった」と話します。

1980年代に住宅を購入した初期の住民らの高齢化が進むなかで、閑静な住環境に加え、木々が生い茂る森のような公園が設けられるなど緑が多く残る環境子育て世代に喜ばれている様子。「30~40代の新たな住民が最近は特に目立っている」(浅場さん)といいます。また、エリア内と周辺には、日吉台西中や高田東小学校、日吉夢保育園など、子育て施設が“フルセット”で揃っていることも大きな強みです。

「若い人が来てくれるのは本当に嬉しいですよ」と浅場さん。77歳となった今も森戸原の住環境を守る活動の最前線に立ち続けていますが、「来年で委員長の任期を終えますし、そろそろ……」と話します。後進も育っているといい、「いつでも安心して任せられると思います」。

変化が続く日吉・綱島・高田の街で、住環境を守るためには住民が何をすればいいのか。森戸原の取り組みから学ぶべきことは数多くありそうです。

【関連記事】

日吉~綱島の綱島街道エリアに市が初の「まちづくり方針」、調和とれた再開発を促す(2016年8月17日)

【参考リンク】

港北区の建築協定一覧(横浜市、全12地区)

森戸原住宅地区建築協定のホームページ

森戸原住宅地区建築協定の紹介・地図(横浜市)

建築協定とは?(横浜市)


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