春物も続々入荷、パリで学んだ澤井さんのコーディネートが人気の「ア・キャトル」に注目

横浜日吉新聞

フランス・パリで学んだ“日吉生まれ・育ち”の女性経営者が、こだわりの服飾・装飾品のセレクトショップを運営しているのをご存知でしょうか。日吉駅から徒歩4分。日吉中央通りの左側にある赤の壁、濃紺のタイルで彩られた洗練された店舗が左側に見えてきます。

日吉駅から徒歩4分、日吉中央通り沿いにインポートセレクトショップ&ファッション「A Quatre~ア・キャトル」がある

日吉駅から徒歩4分、日吉中央通り沿いにインポートセレクトショップ&ファッション「A Quatre~ア・キャトル」がある

「大人の女性のためのスタイリングを提案する」ことをコンセプトに1999年12月に開業した「A Quatre~ア・キャトル」(日吉本町1)がそのお店。広さ15平方メートル弱と決して「広いとはいえない」店内には「自然に日吉の風景に馴染む」洋服やバック、アクセサリーなどの装飾品の数々が美しくも優雅に並んでいます。

国内外問わずさまざまなブランドを、“日吉”生まれ・育ちのオーナーらしいセレクトで提案してくれるア・キャトルが、なぜ日吉近郊に在住の多くの女性に支持されているのか。また、「パリで学んだ」ファッションのセンスを、どうしてこの街・日吉で多くの女性たちに伝えようと思ったのか。

パリでファッションを学び、ジュエリーのデザインをも手掛ける、まさに「日吉のファッション・リーダー」澤井麻子(サワイアサコ)さんに、その店の人気の秘密と、これからの“日吉の街”でのファッションについて話を聞きました。

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小さな頃から「買物好き」文具やグッズに夢中の幼少時代

「ア・キャトル」のオーナー・澤井さんは日吉生まれ。「まさに日吉の病院で生まれました」と笑う澤井さんの、まさに現在地にある実家は、今ではもはや日吉で見掛けることはほとんどなかろう鮮魚店「魚よし」を現在のお店がある場所で経営していました。

日吉中央通りに開業し70年の老舗文具店・井口文華堂(ぶんかどう)。ここで澤井さんは幼少時ファンシーグッズや文房具を買うのが好きだった

日吉中央通りに開業し70年の老舗文具店・井口文華堂(ぶんかどう)。ここで澤井さんは幼少時ファンシーグッズや文房具を買うのが好きだった

同じく日吉中央通りにある「井口文華堂さん(日吉本町1)に入り浸っていました」と澤井さん。物心付いた頃から「買物が好きだった」とのことで、文具店に並ぶ、当時一大ブームを巻き起こしていた“スヌーピー”や“キキとララ”などのファンシーグッズに「夢中になっていました」。

予算内で「好きなものを自分で選び、買う」ことに早くも魅力を感じていたためか、「あれはどうかな、これはどうかな、と考えて買うのがとにかく楽しいんです。そのチョイスが正しかったと感じた時は、本当に嬉しくて。スーパーでも、ドラッグストアでも、 さらには“洋服をチョイスする”ことも大好き。このワクワク感、この“買い物好き”であるという原点が、今の仕事にもつながっているんです」と、“好きなものを買う”“選ぶ”そしてその選択が“正しかった”と感じることの「感動」を重ねてきた半生について語ります。

デザイナーブランド全盛期を謳歌、海外志向高まりパリへ留学

中学・高校時代はデザイナーズ・ブランド(デザイナーが自分の名前をブランド化した商品)の全盛期。「気の合う同級生たちと、横浜そごう(横浜駅東口)や岡田屋モアーズ(同西口)などで買い物ばかりしていました」と懐かしい青春時代を思い起こします。

日吉生まれ・育ちの澤井麻子さん。海外への憧れからパリへ留学、ファッションの専門学校「エスモードパリ」で学んだ。ジュエリーのデザインも手掛け、オリジナル・ブランドも準備中とのこと

日吉生まれ・育ちの澤井麻子さん。海外への憧れからパリへ留学、ファッションの専門学校「エスモードパリ」で学んだ。ジュエリーのデザインも手掛け、オリジナル・ブランドも準備中とのこと

子どもの頃から「英語圏のテレビニュースなどをよく見ていました」と、海外への興味を持っていたという澤井さんは、高校卒業後に立教女学院短期大学(東京都杉並区)英語科に進学。当時、「日吉から出たことがなかった」澤井さんですが、学校の友人・知人らが「留学」をしている姿を目の当たりにします。

「“普通の表情”をしているかのような友らが次々と留学している姿を見て、自分も海外に出られるのではないかと思うようになりました」と、親戚が当時滞在していたというアメリカ・ニューヨークへと旅をします。

「ニューヨークは楽しすぎました」と当時を振り返る澤井さん。マンハッタン区にあるモダンアート系単科大学「FIT(Fashion Institute of Technolog=ファッション工科大)」の存在を知った澤井さんは、より海外志向を強め、ファッションの道も意識するようになったといいます。

すっかりニューヨークにぞっこんになった澤井さん。FITへの本格的な留学も考えたものの、ニューヨークに滞在していた親戚に、「ファッションをやるなら、フランス・パリだよ」と言われ、パリを意識。短大卒業後は夢叶いパリへ留学。語学学校を経て、ファッションの専門学校である「エスモードパリ」へ進学。地元・パリの人々と一緒にファッションを学ぶ機会に恵まれます。

パリのジュエリー卸しで起業、日吉に店を構え今年で18周年

結局、すっかりパリの街にも魅せられたという澤井さんは、学校を卒業するにあたり、「パリと日本を行ったり来たりする仕事をしたかった」と、展示会で見つけたジュエリーを日本の業者へ卸す仕事をはじめます。「実家が自営業だったこともあり、企業に入ってサラリーマンになるという概念がなかったんです。昔からジュエリーも好きで、小さい頃はよく鉱物図鑑を眺める子どもだったこともあり、宝石の知識もありました」と、自ら挑戦した新しい仕事が起業のきっかけとなったといいます。

ア・キャトルがあるビルは、かつて澤井さんの父親が鮮魚店「魚よし」を営んでいた。現在は澤井さんの親族が同じビルで「食事・酒 魚よし」を経営している(2月16日撮影)

ア・キャトルがあるビルは、かつて澤井さんの父親が鮮魚店「魚よし」を営んでいた。現在は澤井さんの親族が同じビルで「食事・酒 魚よし」を経営している(2月16日撮影)

ただ、当時はバブル経済がはじけたモノが日本中にあふれる時代。折角“これだ”というものをパリで見掛けて営業で歩いても、なかなか実際には日本の店舗で小売まで至らないことも多く、隔靴掻痒(かっかそうよう)とした思いも多く抱えていたといいます。「こんな素敵なジュエリー、多彩なアクセサリーを届けないなんて、もったいない」と。

折しも実家の鮮魚店「魚よし」が1998年で閉店(現在は和食料理店として営業中)。建物の建て替えに伴い、店舗スペースも新たに確保できることが分かり、実家に戻り店を開くことを決意。翌1999年12月に晴れて現在の店舗「A Quatre~ア・キャトル」を開店。当初はジュエリー、バックや小物のみの取り扱いだったものの、2004年からオープンした東京・駒沢の店舗の開店(2009年に閉店)に伴い、パリでも学んだ洋服も含めた「セレクトショップ」として取り扱い商品の幅を広げた澤井さん。

日吉中央通りにある店舗は今年で開業18周年。ア・キャトルには、澤井さんの趣味に合うものばかりでなく、様々な日本在住の人にマッチしそうな服をチョイス。「年齢も、体型も、全く異なる方が来店されますが、一人ひとりにぴったり合う服やアクセサリーを“フィット”させていくんです。誰しも、服や装いをする上でお持ちの“悩み”に、一つひとつ丁寧に相談に乗らせていただく中で、リピートいただくお客様も増えてきたんです」。

パリで学んだセンスや「目利き」で“ここにしかない”商品を提供

澤井さんがパリで見掛けた外国人が経営するお店は、レトロで美しいパリの景色とは決して馴染まないかのような派手な外観のお店も多かったといい、現在のお店も「日吉でも“個性的なお店があってもいいかな”と思い、外観は少し華やかにしています。内装はフレンチムードを少しでも感じていただけるよう壁紙をラベンダー色に、また棚は落ち着いたライトグレー色のウッドでアレンジしています」と、その店舗デザインへのこだわりを説明します。

日吉中央通りを穏やか眺めるア・キャトルの店内には、澤井さんが厳選した輸入品や日本製の装飾品が並ぶ

日吉中央通りを穏やか眺めるア・キャトルの店内には、澤井さんが厳選した輸入品や日本製の装飾品が並ぶ

当初はフランスからの卸からスタートした業務も、10数年前から始めたOEM(他社ブランドの製品を作ること)でのジュエリーデザインも手掛けているセンス、さらにはセレクトショップとしての商品展開と幅を広げた澤井さんの目利きにかなった衣料、ジュエリー、そしてバックなど小物類が店頭にぎっしり並んでいます。

仕入れ先は、「もちろんフランスからの輸入品も1割扱っているのですが、実は洋服に関しては、現在は9割は日本のメーカーの商品を扱っているんです。特に日本国内には隠れた良質なメーカーの服があることが分かり、このエリアの方に支持される服を多く仕入れています。日常で気分が高揚できるもの、お出掛けした時に気分良く過ごせるものなど、様々な商品を扱い、サイズがない場合は取り寄せすることもあります」と、主に30代から50代までの女性、とりわけ主婦層が多く訪れる店舗での対面でのサービスを実施。

“日吉”ブランドとも言えそうな数々の商品は春、夏、秋、そして冬と季節ごとに多く仕入れるといい、「今も春物が少しずつ入荷しています。春、夏は継続して着られる服が多いので、長く服を楽しめ、また来客もいちばん多い時期。服も必然と人気が高いものが多く集まってきます。ジュエリーはイタリア・ミラノの小さな工房で作っているブランドや、日本の世界的に活躍しているデザイナーのもの、またフランス製のジュエリーは老舗メーカーから宝石作家のオリジナル作品まで、B to B(会社間取引)での卸販売も行っているんです」と、これまでの経験で培った“ハイ・クオリティ”な商品を取り扱っているといいます。

ポテンシャルある日吉周辺を “オシャレな装い”がよりあふれる街に

店名の「A Quatre~ア・キャトル」は、澤井さんの名前に「A」の母音がフランス語でQuatre(キャトル)が意味する「4つ」入っていることから命名したとのこと。

東京在住のフランス人デザイナー・ARMEL(アルメル)による2月に初入荷したばかりのジュエリーシリーズ。シンプルなデザインながら、昔ながらの「手の込んだ作り」のボタンの良さがそのまま生きているとのこと

東京在住のフランス人デザイナー・ARMEL(アルメル)による2月に初入荷したばかりのジュエリーシリーズ。シンプルなデザインながら、昔ながらの「手の込んだ作り」のボタンの良さがそのまま生きているとのこと

日吉で生まれ育った澤井さんは、その経営手腕も高い評価を得ており、周辺地域やファッション関係者からの信頼も厚く、2014年からは藤沢、2015年からは大倉山ファッションコーディネート講座も開催。日吉周辺のまさに“ファッション・リーダー”として活躍しています。

近いうちに、店内で少人数でのファッション講座の開催や、これまでOEMでデザインしてきたジュエリーのオリジナルブランドの立ち上げも計画中。さらには20周年を迎える2020年には店舗リニューアルも行いたいと意気込む澤井さん。

女性の社会進出にも貢献したいと、「今、スタッフとしても4名の主婦の方にお越しいただいているんです。女性、特に既婚者であっても活き活きと働いていただける場もこれからも創出していきたい」と、“女性がより輝くまち・日吉”に貢献していきたいと力を込めて語ります。

ファッション講座の講師も務めるなど、「日吉のファッション・アドバイザー」として活躍中の澤井さん。女性スタッフ4名とともに「ぜひご来店お待ちしています」とのこと

ファッション講座の講師も務めるなど、「日吉のファッション・アドバイザー」として活躍中の澤井さん。女性スタッフ4名とともに「ぜひご来店お待ちしています」とのこと

例えば自由が丘が「女性のファッションの街」として認知されているように、これから開発がより一層進む日吉の街でも、よりファッショナブルな女性が増えるようにとこの街のファッションを盛り上げていきたいといいます。

日吉は“ポテンシャルがある”街。元々住んでいるご年配の方もどこか“品”があり、ファッションに対する高い意識をお持ちと思っています。今、気軽に廉価品をチェーンで買える時代となり、また働くお母さんなども増え、多くの人々は日々に追われ、自身のファッションや服装についつい目がいかない時代となりました。だからこそ、そんな忙しい皆さんにとって「頼れるアドバイザー」になれたら、とスタッフ一同、日々研鑚(けんさん)も積んでいます。日吉のファッション“感度”をよりアップできるよう、お力になれたらと思います。ぜひ一度、お店にご来店ください。」

澤井さんがフランスの骨董(こっとう)市で探し求めたという、18世紀後半に作られたベネチアン・ミラーを眺めながらファッション・コーディネートを楽しめる

澤井さんがフランスの骨董(こっとう)市で探し求めたという、18世紀後半に作られたベネチアン・ミラーを眺めながらファッション・コーディネートを楽しめる

ここ“日吉の街”から世界へと飛び出し、またこの生まれ育った街“日吉”に戻り、今この“ふるさと”日吉の街の人々の心、その美しさをも日々感じるという澤井さんの想い。新たなファッション文化の潮流として「A Quatre~ア・キャトル」が奏でる日々のハーモニーに、これからも目が離せなさそうです。

※店舗・サービスの詳細は、下記の「参考リンク」をご参照ください。

【参考リンク】

A Quatre~ア・キャトル公式サイト

A Quatre ~ア・キャトルFacebookページ

サワイアサコの「40代からはクローゼットに残していく服選び」(Amebaブログ)

(提供:A Quatre ~ア・キャトル)


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