綱島に根差したツナシマパンの創業は昭和4年、「パン作り」一筋の人気の秘密とは | 横浜日吉新聞

横浜日吉新聞
綱島の歴史と共に歩いてきたツナシマパン。今は、綱島西口商店街のこのお店と、綱島街道沿い・箕輪町2丁目にある「ロアール本店」にて歴史あるパンを求めることができる

綱島の歴史と共に歩いてきたツナシマパン。今は、綱島西口商店街のこのお店と、綱島街道沿い・箕輪町2丁目にある「ロアール本店」にて歴史あるパンを求めることができる

綱島のまさにソウルフード、1929(昭和4)年より87年目の歴史を重ねる老舗パン店の魅力はどこにあるのでしょうか。現在、綱島街道沿いの箕輪町2丁目に本店を構えるパン工房・洋菓子ロアール(アルバ有限会社)は、綱島西口商店街に「ツナシマパン」の小さな対面販売店も出店。綱島製パンという名で広く綱島の人々に支持されてきた創業以来からの製法で生み出される味や、綱島周辺の歴史と共に歩んできたというお店の魅力に迫りました。

綱島にやってきたのは戦況の悪化から

初代創業者で祖父の故・河合龍三(りゅうぞう)さんが立ち上げたこのツナシマパンですが、「創業の地は東急東横線の反町駅と東白楽駅の間にあった新太田駅の駅前、現在の神奈川区広台太田町(ひろだいおおたまち)でした」と現在三代目となる代表の河合和彦さんはいいます。

「初代・龍三の姉が、当時東京で流行していたアンパンでも有名な老舗のパン屋で修行したことが創業したきっかけで、その前は関内(中区)で酒屋をしていたと聞いています」と河合さん。

綱島バス通りにあったという旧店舗。綱島製パンの味は、長く地域に根差し、多くの「綱島っ子」たちにも愛されてきた

綱島バス通りにあったという旧店舗。綱島製パンの味は、長く地域に根差し、多くの「綱島っ子」たちにも愛されてきた

綱島に移転してきたのは、戦況が悪化した1943(昭和18)年のことでした。「日吉に防空壕があったから、その安心感で綱島に来た」といい、移転は戦争にともなう「疎開」の目的もあったようです。しかし、実際には、後に二代目となる父の故・河合和夫さんが、鶴見川の土手でアメリカ軍の戦闘機・グラマンの機銃掃射(きじゅうそうしゃ)の標的になったことも。

「当時、アメリカ軍にからかわれていた、といいますか、遊ばれていたのでしょう。幸い父はけがもなく逃げ切ったようでしたが、戦火は圧倒的に不利だったということを感じたようです」。まだ自身は生まれていなかった当時について河合さんは語ります。

かつて日吉駅前・現在のマクドナルド付近にも「ツナシマパン」のお店があった。綱島西口商店街のツナシマパン店頭に、綱島の旧店舗の写真とともに飾られている

かつて日吉駅前・現在のマクドナルド付近にも「ツナシマパン」のお店があった。綱島西口商店街のツナシマパン店頭に、綱島の旧店舗の写真とともに飾られている

実際、1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲で創業の地となった東急・新太田駅は焼失し、その翌年に廃止。綱島のバス通り「子母口(しぼくち)綱島線」沿いにお店を構えた「綱島製パン」(当時)は、以降、多くの綱島の人々に愛されるパン屋としての歴史を歩むことになったことを考えると、綱島への疎開は成功だったともいえそうです。

アメリカ軍の日吉接収・返還や、その後の高度経済成長期の波にも乗り、「当時は集団就職で若者が綱島界隈にもたくさんいました。それはもう、今とは比較にならないくらい、街に活気や賑わいがありましたね。実はこの頃、日吉駅前にも出店していたんですよ。つい最近、日吉東急で即売会があり出店した時には、ご年配のお客様から“当時が懐かしいわ”と言われたものです」と、順調に拡大したパン店や昇り調子だった当時の経済事情について振り返ります。

箕輪町に工場を増設。ツナシマパンが綱島のソウルフードになるまで

二代目にあたる先代の故・河合和夫さんが厚生省(現在の厚生労働省)に表彰を受けた時の賞状。右下が箕輪町の工場前で遊ぶ幼少時の河合和彦さん

二代目にあたる先代の故・河合和夫さんが厚生省(現在の厚生労働省)に表彰を受けた時の賞状。右下が箕輪町の工場前で遊ぶ幼少時の河合和彦さん

1963(昭和38)年には、新規開業した綱島駅ビルへの出店(2016年1月閉館=関連記事リンク参照)などに伴い工場を増設するため、現在の本店所在地である箕輪町2丁目へ、創業者の祖父母とともにやってきたといいます。「松下通信工業(現在のTsunashimaサスティナブル・スマートタウン建設予定地=綱島SST、綱島東4に所在した工場)が大変活況を呈していた時代でした。工場付近でもたくさん遊んでいました」と、当時を懐かしみます。

この頃、店名を、フランスの中央部を流れる川である「ロアール川」から「ロアール」に変更。「当時、カタカナの名前を付けるのが流行していたからなんですよ」と河合さん。愛らしい「ロアール君」のキャラクターも、この時期に誕生したといいます。

店名が「パン工房ロアール」に。フランスの川・ロアール川が店名の由来と河合さん。親しみやすいイラストの「ロアール君」も綱島や日吉の街で愛され続けてきた(写真:パン運搬用車両に描かれたロアール君)

店名が「パン工房ロアール」に。フランスの川・ロアール川が店名の由来と河合さん。親しみやすいイラストの「ロアール君」も綱島や日吉の街で愛され続けてきた(写真:パン運搬用車両に描かれたロアール君)

幼少時からこのツナシマパン・ロアールのパン作りを見て育った河合さんは、東京・板橋のパン店で修業した後、綱島に戻ってきて、お店を手伝うことになります。「それはもう大変でした」。当時、ロアールは、綱島だけでなく近郊の大手スーパーにも出店していたこともあり、業務は多忙を極めます。

いよいよ「綱島のソウルフード」としての確固たる地位も確立したかに思えた平成以降も、バブル崩壊やリーマンショックの荒波があり、テナントからの撤退を余儀なくされてしまったことや、亡き父・和夫さんが病床に倒れてしまったことなどもあり、経営については苦労の連続だったといいます。

人気の秘密は「地域密着」と、創業時から変わらぬ「パン製法」

代表の河合和彦さん。取材日に新しくできたばかりののぼり旗と(箕輪町の本店事務所にて撮影)

代表の河合和彦さん。取材日に新しくできたばかりののぼり旗と(箕輪町の本店事務所にて撮影)

そんな河合さんに、現在もツナシマパンが愛され、また、多くの方々に支持されている理由を聞くと「(それはまさしく)地域密着です」と、綱島の街に根差した経営姿勢を強調します。

創業の地にも近い綱島西口商店街にある「ツナシマパン」のお店がオープンしたのは、2013年秋になってからのことで、実はもうすぐ3年になるくらいといいます。

パン作りについては、「一昼夜、低温で長時間パン生地を発酵させ、熟成させるという、初代からの手法でパン作りを行っています。長時間発酵することにより、小麦粉本来の旨味を引き出し、丹念に焼き上げることにより、ソフト感、風味、そして日持ちの良いパン作りを、と続けてきたんです。発酵にこだわること、それこそが“美味しいパン”の源と考えています。余計な添加物を使用する事もなく、手間と時間をかけ、お客様に“パン本来の味”をお届けしたいと、日々、職人たちも努力しているんです」と、このツナシマパンが、多くの人々に支持されている理由、地域密着のほか、もう一つのこの“味の秘密”についても語ります。

子どもから大人まで幅広い世代に支持される“ツナシマパン”

子どものおやつにも主食にも人気というミルクバンズ

子どものおやつにも主食にも人気というミルクバンズ

こうして丹念に作られているツナシマパン=ロアールのパン。一番押しは、まさにこのツナシマパンのオリジナルという「ミルクバンズ」。1965(昭和40)年の発売当初からの変わらぬ味が人気で、小さなお子様のおやつや主食としても多く売れています、とのこと。

また、昭和レトロを感じるかのような懐かしい味わいの「シベリア」や、元祖マドレーヌ、という風情いっぱいの「横濱マドレーヌ」も、ご年配のお客様はじめ、幅広い年代に大好評といいます。

ここ最近では、「カメロン」(かめの形のパン)、「おさるさん」そして「トトロ」といったキャラクターパンも誕生。やはり子どもたちに大人気とのことで、「多く家族連れの皆さんにも来店いただいています」と、河合さんは笑顔で教えてくれます。

カメロン、おさるさん、そしてトトロ。動物やキャラクターの優しい味わいのパンも子どもたちに大人気

カメロン、おさるさん、そしてトトロ。動物やキャラクターの優しい味わいのパンも子どもたちに大人気

さらに、若い方々にも人気だというボリュームや栄養たっぷりの「バケットサンド」や、昨年2015年秋に放送のTBSラジオ「ザ・トップ5」の全国カレーパン人気ランキング全国1位にも選ばれたという「カリ揚げチーズカレー」など、マスコミなどでも注目されるパンが次々と発表され、新住民も含めた新しい客層をも巻き込み、さらなる話題を呼んでいます。

「古き良き伝統」を大切にしながら、新しいパン作りへ情熱をも失わない、河合さんはじめとした社員・スタッフの皆さんのパン作りへの想いが、このツナシマパンの人気を日々支えているのです。

綱島での「はちみつ作り」に挑戦、更なる地域密着を目指す

今、河合さんが取り組んでいるはちみつ作り。現在は茅ヶ崎で行っているが、綱島の歴史ある桃畑でも挑戦中

今、河合さんが取り組んでいるはちみつ作り。現在は茅ヶ崎で行っているが、綱島の歴史ある桃畑でも挑戦中

今、河合さんは、新たな挑戦として、綱島産のはちみつ作りにチャレンジ中といいます。

「綱島の歴史深い池谷さんの桃畑(綱島東1)で、はちみつを採れないかと、綱島や高田の仲間たちと今年2016年の5月から巣箱を置いています。お店では、既に湘南・茅ヶ崎で採れた、自家製の“純生はちみつ”を販売しているんです。これは、はちみつが固まってしまうのを防ぐために、通常熱を加えてあたためるはちみつ作りの工程で、熱を加えないことにより、より『風味が良い』はちみつに仕上げることが出来、これが現在、店頭でも大変人気があります。今年は、綱島の桃の花の季節に間に合わなかったのですが、ぜひ、綱島で地場のはちみつが採れるよう、これからも応援いただければ嬉しいです」と、ツナシマパン・ロアールの人気の秘密“地域密着”の戦略、それから生まれる仲間たちとのつながり、そして、「綱島」への“想い”を、少々照れながら語ってくれました。

パン工房・洋菓子ロアール箕輪町本店の外観。パンはここにある工場で全て作っている。建設中の綱島SST、北綱島交差点からすぐの綱島街道沿いにある

パン工房・洋菓子ロアール箕輪町本店の外観。パンはここにある工場で全て作っている。建設中の綱島SST、北綱島交差点からすぐの綱島街道沿いにある

パン工房・洋菓子ロアール箕輪町本店(箕輪町2)は、綱島駅東口から綱島街道へ。綱島から日吉方面へ歩き、北綱島交差点近く、徒歩約14分。日吉駅東口からも綱島街道を綱島側へ、徒歩約14分。7時~19時(2016年8月13~20日まではサマータイムとして17時まで)の営業。

綱島西口商店街のツナシマパン(綱島西1)は、綱島駅西口より徒歩1~2分の場所にあります。月~金曜は8~21時、土・日曜、祝日は8時30分~21時(2016年8月13~20日まではサマータイムとして10~20時まで)。いずれの店舗も年末年始休の予定です。

【関連記事】

和食の老舗「たつ吉」グループ、創業半世紀へ向け二代目の女将が奮闘中
(2018年3月29日)※リンク追記、かつて日吉駅前にあったツナシマパンについても記載

箕輪町本店の店内。多く家族連れなどでも賑わっている

箕輪町本店の店内。多く家族連れなどでも賑わっている

【参考リンク】

フレッシュ ベーカリー ロアール(東横&みなとみらい沿線ドットコム)

ツナシマパン(綱島もるねっとホームページ)

【関連記事】

閉館まで残り20日を切った「綱島駅ビル」、老舗パン店ロアールも終了(2015年12月21日)


カテゴリ別記事一覧