海外での旅とビジネスの神髄を盛り込む、下田町の旅行作家・田辺さんが久々の著書

横浜日吉新聞
田辺雅文さん
田辺雅文さんの久々の著作で初の自叙伝となる「GOING MY WAY なせば成る 君にも展ける自分の道」(文芸社)

田辺雅文さんの久々の著作で初の自叙伝となる「GOING MY WAY なせば成る 君にも展ける自分の道」(文芸社)

下田町在住の田辺雅文(まさぶみ)さんが海外での観光ビジネスや留学など、自身の経験をまとめた書籍「GOING MY WAY~なせば成る 君にも展ける自分の道」(文芸社、1188円)を出版しました。田辺さんは1935(昭和10)年に逗子市で生まれましたが、小学校時代から下田町で育ち、東急不動産でホテル開発などに携わったのち、旅行作家として独立。これまでに十数冊の本を書いていますが、自叙伝は初めてだといいます。

今回の著書では、戦後すぐの日吉の様子から始まり、米国を初めとした海外や、高度経済成長期における日米での観光開発の姿が描かれています。田辺さんが最初に海外へ目を向けるようになったのは、当時、慶應義塾大学が米軍に接収されていたこともあり、「日米英会話手帳」を購入したことがきっかけだといいます。その後、日吉駅前の書店で大学生が使うような地図帳を手に入れ、日本各地や世界の国々への思いが募っていったと記されています。

青山学院大学の在学中に、日吉駅のホームでたまたま経済企画庁の観光政策を担当する役人から声をかけられたのを機に、同じ日吉に住む同氏のもとへ通うようになり、観光政策のあり方から文章の書き方まで徹底的に教え込まれたという興味深いエピソードも盛り込まれていました。

旅行作家の田辺雅文さん。実は下田町で350年続く旧家の14代目当主。歴史を記した碑の文章も自身が執筆した。弟は国際的な造形作家の田辺光彰(みつあき)さん(2015年没)。「弟は私と違って旅をしなかったのですが、後に世界で活動することになったのは不思議なものです」と話す

田辺雅文さんは、下田町で350年以上続く旧家の17代当主でもある。家の歴史を記した碑の文章も自ら執筆した。弟は国際的な造形作家として知られる田辺光彰(みつあき)さん(2015年没)。「弟は私と違ってほとんど旅をしなかったのですが、後に世界で活動することになったのは不思議なものです」と振り返る

こうして観光業の基礎を学んだ経験を生かし、大学卒業後は東急不動産に就職。東急電鉄の二代目社長だった五島昇氏にもかわいがられたという田辺さん。「社員を留学させたいという腹案を持っていたから、会社を辞める必要はない」という五島氏の応援もあり、休職扱いで米国への海外留学に踏み切ります。

横浜港から船に乗り、ハワイのホノルル経由で米国に渡ったものの、当時の日本では見たこともない豊かさと発展ぶりに驚愕。「しばらくは夢のなかだった。(略)35年ほど遅れた国から来た若者は、こんな風景に度肝を抜かれたが、その後10年足らずで、東京周辺が、これら多くを我がものにするとは、その時にはわからなかった」と記された一文からは、当時のアメリカ留学の珍しさと日本が置かれた状況を読み取ることができます。

帰国後は「おう、やっと帰ってきたか」と五島氏に迎えられ、赤坂東急プラザの開発や、韓国やタイなど各国での観光ホテル立ち上げに関わった田辺さん。本書には、高度経済成長期の観光ビジネスの姿が刻々と描かれていきます。

こうしたビジネス面とともに、本書最大の見所は、田辺さんが米国での暮らしや世界各国での旅で経験した知見です。たとえば、世界中で米国人に会っても「どこの州から来ましたか」の一言があれば話が続けられるといった内容で、これは実際に40州を駆け巡った人ならではのアドバイスといえそうです。また、各州の詳細な紹介が盛り込まれているのも、旅行作家ならではです。

同時代人にはもちろん、世界でビジネスを考えていたり、旅をしたいと考えている人には、おすすめの一冊です。日吉東急の「天一書房」などの書店で販売されているほか、アマゾンなどのインターネット通販でも購入ができます。

【参考リンク】

GOING MY WAY なせば成る 君にも展ける自分の道(Amazon.co.jp)

田辺雅文さんの著書一覧(Amazon.co.jp)

日本旅行作家協会による田辺雅文さんプロフィールPDF

田辺光彰(みつあき)ホームページ(雅文さんの弟で、国際的な造形作家、2015年逝去)


関連スポンサー広告(グーグルから配信)