<アピタ日吉店の再開発>最大の注目は隣接する野村総研と日本興亜の敷地を含むかどうか

横浜日吉新聞
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黄色い点線の部分がNRI野村総研と日本興亜の敷地、2つを合わせるとアピタ日吉店をしのぐ面積となる。「プラウド日吉」は野村不動産が現在建設中の大型マンション、NRI野村総研の敷地に近接している(クリックすると拡大します)

「アピタ日吉店」(箕輪町2)の2015年11月閉店と、野村不動産による再開発という流れが報じられるなか、最大の焦点はアピタ日吉店に隣接した「NRI野村総研」と「日本興亜損保」の敷地が含まれるのかどうかという点です。

もし、両敷地を合わせた開発となると、隣の綱島東にあるパナソニック(旧・松下通信工業)跡地よりはるかに広く、「東京ドーム」を1つ収めても余ってしまうほどの巨大規模となるだけに、地域住民の関心も高まっています。

アピタ日吉店閉店後の土地に関しては、野村不動産によって取得されていたことが神奈川新聞の報道によって明らかになっています。今年5月16日に公開された記事によると、敷地面積は約2万平方メートルで、ここにパナソニック跡地と同様にスマートタウンの仕組みを活用したマンションなどを開発する考えだといいます。

そこでもう一つの注目が、アピタと隣接するNRI野村総合研究所(野村総研)の日吉データセンター(旧・野村コンピューターシステム日吉センター)および同社日吉寮、そして、損保ジャパン日本興亜ビジネスサービスの日吉計上センター(旧・興亜火災海上保険日吉センター)という2社が持つ敷地が再開発に含まれるのかどうかということです。

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<もともと3つの建物は大型工場の跡地を活用したもの>

1966年に国土地理院が撮影した航空写真(右下に見えるのは日大高校・中学校)

1966(昭和41)年12月に国土地理院が撮影した航空写真から岡本工作機械製作所の工場全景のアップ。この頃はまだ広大な土地を使っていた。右側下部に見えるのは1947(昭和22)年からこの地にある日大高校・中学校(クリックすると拡大します)

なぜ2社敷地の存在がクローズアップされるのかというと、もともと、アピタもNRI野村総研も、興亜火災も同じ所有者が持っていた一つの土地(跡地)を使っていることが関係しているのかもしれません

現在、アピタなど3つが建っているのは、この場所に本社と工場を置いていた岡本工作機械製作所の跡地です。

1926(大正15)年に創業した同社は、1942(昭和17)年にこの箕輪町2丁目の地に工場を建設し、歯車などの機械製品を製造。戦時の軍事需要もあり、業容を伸ばしたといいます。日本の敗戦後は米軍に工場を接収されたこともありましたが、以後も順調な拡大を続け、日吉を代表する企業の一つでした。

しかし、昭和40年代末期から50年初頭にかけてのオイルショックで業績が芳しくなくなり、1977(昭和52)年には工場規模を縮小。そこに「岡本ビル」という名でスーパーの建物を建設しました。これをユニーに貸し出す形でオープンとなったのが大型スーパー「サンテラス日吉」(現・アピタ日吉店)です。

残った土地も1985(昭和60)年に野村コンピューター(現・NRI野村総研)、1986(昭和61)年には興亜火災(現・損保ジャパン日本興亜)へと相次いで売却し、最終的に岡本工作機械製作所は箕輪の地を撤退し、現在は群馬県安中(あんなか)市に本社・工場を置いています。

そんな経緯もあり、今回のアピタ再開発でも一体化して行われるのではないか、と見られているようです。

<NRI日吉データセンターの土地と建物が売却されていた>

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日吉データセンターと日吉寮の売却を明かす野村総合研究所が2015年4月に発表した2015年3月期の決算資料(PDFの13ページ目に掲載)

現在のところ、NRI野村総研と損保ジャパン日本興亜に関しては、表立った動きは見えませんし、公式発表も行われていませんが、噂の根拠となる動向がないわけではありません。

その一つが、今年4月までにNRI野村総研が日吉データセンターの土地と建物、敷地内にある自社寮(日吉寮)を売却していたことです。

寮については価格が明かされていませんが、日吉データセンターの土地1万4112平方メートルを49億5200万円、建物を計160億9900万円で売却したと今年4月発表の財務諸表(PDFの12ページ目参照)に記されています。

今回、同社は売却の事実は公表しましたが、誰にどのような形で売却したのかは明らかにしませんでした。
一方で、売却はしたものの、賃借によってデータセンターは引き続き利用すると表明していますので、取り壊しや工事などは現在のところ行われていません。

<NRI日吉寮の敷地内で野村不動産とも関係する工事>

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NRI野村総研「日吉寮」の入口付近からは、プラウド日吉のモデルルームらしき建物を建築している様子が見える(2015年8月15日撮影)

もう一つ、NRI野村総研では気になる動きがあります。

日吉寮の入口付近の敷地内で工事が行われていることです。

工事の看板によると、現在建設中の大型マンション「プラウド日吉」のモデルルームを建設しているとのことで、NRIデータセンターや寮に関係するものではありません。

しかし、プラウド日吉の建設主といえば野村不動産であり、アピタの土地を取得したとされる事業者でもあります。

もちろん、NRI日吉寮はプラウド日吉の目と鼻の先にあるため、同じ「野村」の冠が付いた友好的な企業間で融通を図った、との見方ができるでしょう。

ただ、野村不動産とNRI野村総研を結ぶ糸だというのは間違いありません。

<日本興亜では、このところ日吉の求人を見かけない>

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Googleマップのストリートビューは、ちょうど今年3月に撮影したとみられ、桜並木が満開となったころの日本興亜入口付近の様子を見ることができる。左側に見える建物はアピタ日吉店の駐車場

一方、損保ジャパン日本興亜の日吉計上センターについては、公開情報上では何の動きも見えてきません。

この計上センターは、もともと当時の興亜火災が土地を購入したもので、コンピュータによる事務処理や、社員の研修を行う場として1986(昭和61)年4月に「日吉センター」の名でオープンさせています。
綱島街道沿いにある出入口から建物まで続く桜の並木道は、今も同社関係者だけでなく、地元に愛される存在です。

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2015年8月現在、入口には「日吉計上センター」ではなく、損保ジャパン日本興亜の「日吉センター」と表記されている

興亜火災時代の社史(1995年刊行)によると、土地の面積は1万5988平方メートルで、NRI野村総研より少し大きい敷地面積となっています。
敷地内には、研修棟(地下1階、地上5階=3511坪)と事務棟(地下1階、地上3階=3202坪)、実習棟(225坪)などがあり、オープン当時の研修棟内には102名が収容できる宿泊施設まで設けられ、同社の主要研修はここで行われていたといいます。

その後、2000年代初頭に興亜火災は日本火災との合併で「日本興亜損保」となり、さらに近年は損害保険ジャパン(損保ジャパン)との合併により、「損保ジャパン日本興亜」という社名に変わっています。

合併を繰り返している間に日吉センターの役割も変わったらしく、現在は保険事務処理に特化した子会社「損保ジャパン日本興亜ビジネスサービス」(本社・西東京市)のいち拠点として活用されているようです。

一つ気になるのが、この日吉計上センターでは近年、社員やアルバイトの採用があまり行われていないことです。

日吉は西東京本社に次ぐ拠点で、「事務サービス第一部」という主力部署が置かれているのですが、他の拠点では募集が頻繁に行われているのに、日吉計上センターでの求人は見かけない点は、何かを感じさせます。

<東京ドームを建てても余るくらいの土地面積になる>

1984年12月に

1984(昭和59)年12月に国土地理院が撮影した航空写真では、サンテラス日吉(現・アピタ日吉店=上部)はすでに完成している。その隣ではNRI野村総研が工事を行い(下部)、日本興亜(上部)も土地造成をしている様子がうかがえる。アピタが現在、平面駐車場として使っている部分に建つ建築物は岡本工作機械の本社建物とみられる。同社は1983(昭和58)年に工場としては箕輪の地を撤退している(クリックすると拡大します)

3つの敷地が同時に再開発されるという確証は今のところありませんが、2社の建物は既に建設から30年が経っていることを考えると、手放す可能性は皆無ではなさそうです。

ちなみに、これらアピタなど3つの敷地をすべて合わせると、

・アピタ日吉店:約2万平方メートル=神奈川新聞の報道
・損保ジャパン日本興亜日吉計上センター:1万5,988平方メートル=興亜火災時代の社史
・NRI野村総研日吉データセンター:1万4,112平方メートル=同社2013年3月の有価証券報告書

推定合計面積は5万100平方メートルとなり、東京ドーム(4万6755平方メートル)を1つ建てても余るくらいの巨大な規模となります。

「綱島サスティナブル・スマートタウン」の建設にまもなく着手するパナソニック跡地(綱島東4)でさえ、3万7900平方メートルですから、それをはるかに上回る規模の再開発となる可能性もあるのです。

今年(2015年)11月末のアピタ閉店後、どのような動きとなるのか。跡地には何が建てられるのか。その行方が気になるばかりです。

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【参考資料】
1963(昭和38)年当時の「綱島の3000分1地形図」(※日吉駅付近から綱島駅にかけて、箕輪町や周辺部の土地利用が工場中心だった過去の状況がわかります。岡本工作機械製作所の地形も載っています)

【参考リンク】
損保ジャパン日本興亜ビジネスサービスの採用サイトに掲載された日吉計上センターの様子(ページ下部)


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